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【施光恒の一筆両断】バス事故 過剰な「規制緩和」に疑問

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【施光恒の一筆両断】
バス事故 過剰な「規制緩和」に疑問

 長野県軽井沢町での大型バスの事故では、規制緩和による過当競争が事故の一因ではないかとの指摘が少なくありません。貸し切りバス業界では規制緩和の流れを受け、平成12年に、需要に応じて国が免許を出す免許制から、一定の条件を満たせば参入できる許可制になりました。その後、新規参入が相次ぎ、業者数が急増しています。デフレ不況下での過当競争のため、バス運転手の平均賃金は下がり、非正規雇用は増え、長時間労働も増加しました。

 1990年代後半の構造改革の流行以降、「規制緩和」は、大方の識者やマスコミが支持する、反論しにくい言葉となりました。右派は、「五五年体制」の保革対立の構図を引きずり、市場経済擁護という観点から規制緩和の流れを支持しました。他方、左派は、官僚支配を打破し、自立した個人からなる真の市民社会を建設するのだという観点から、やはり規制緩和を声高に主張しました。

 規制緩和の大合唱のなか、規制はワルモノ視され、その本来の意義が見失われてきたように思います。規制とは、市場原理に任せるのは適切ではない事柄を政府の監督下に置き、国民全体の長期的利益に資するよう調整するものです。一般に、「国民の安全や健康、教育に関わる事柄」「国民生活の基盤となる社会的インフラに関する事柄」「町づくりや社会規範の維持のように長期的観点を必要とする事柄」などは、規制の下に置かれてもおかしくはありません。

 確かに、規制緩和論者が指摘してきたように、規制が一部の業者や役人の不当な既得権益保護の隠れ蓑(みの)となっていた場合もあるでしょう。しかし近年、規制緩和が行き過ぎ、国民生活の安全や安定性を損なうのではないかと心配になることが少なくありません。

 例えば、外国人観光客の増加に対応するために、一般住宅に旅行者を有料で泊める「民泊」を認める規制緩和策が、東京都大田区など一部の国家戦略特区で進められています。私は、民泊の規制緩和は、犯罪の拠点として利用されないか、衛生基準は保てるのか、マンションなどで旅行客と一般住人との間でトラブルが生じるのではないか、住宅地に多数の観光客が訪れることになり住環境に不安を覚える人が増えやしないかなど、数多くの危惧を抱きます。同様に戦略特区で進められつつある外国人家事労働者(外国人家政婦)の規制緩和や、「統合的リゾート」(カジノ)の規制緩和となると、治安だけでなく道徳の観点からも大いに懸念を覚えます。

 規制緩和は、ビジネスの新しい機会を作り出すので、景気刺激効果は確かにあります。特に、電気やガスなどのインフラ分野や医療分野、あるいはカジノなどは、不況でも必ずニーズがあるため、外資を含む大規模な投資が見込まれます。

 ですが一歩間違えば、先人が築いてきた安全や安定、国民生活の基盤、道徳、町づくりなどを、短期的な経済的利益のために切り売りすることにもつながりかねません。また、政府に取り入って、公益ではなく自社の特殊利益のために都合の良い規制緩和策を要求する一部業者の暗躍を許す恐れもあります。

 「規制は悪であり守旧的」「規制緩和は善であり進歩的」などといった単純化に陥らず、規制の意義と、その先にある町づくりや国づくりの理想像をあらためて考えてみる必要があるはずです。

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【プロフィル】施光恒

 せ・てるひさ 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専攻は政治哲学、政治理論。近著に『英語化は愚民化』(集英社新書)。