産経ニュース

奈良・桜井市、等彌神社の神宝は「画文帯神獣鏡」と確認

地方 地方

記事詳細

更新


奈良・桜井市、等彌神社の神宝は「画文帯神獣鏡」と確認

 「卑弥呼の鏡」の説がある画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)が、桜井市の等彌(とみ)神社に神宝として所蔵されていることがわかり、調査した桜井市纒向学研究センターが研究紀要で報告した。他にも鉄刀と勾玉(まがたま)が確認されており、古代の遺跡が密集する市内の鳥見山周辺の古墳から出土した可能性があるという。

 画文帯神獣鏡は破片で、鏡全体の4分1程度が残る。一番外側の文様帯は渦雲文。鋸歯文(きょしもん)帯や半円文などを挟み、一番内側のメーンの文様には神像の黄帝(こうてい)や侍者(じしゃ)が配置されている。復元すると、直径が約21センチの「画文帯環状乳神獣鏡」になる。鋳上がりの良い中国鏡と考えられている。

 画文帯神獣鏡は最古級の古墳とされる桜井市のホケノ山古墳や、天理市の黒塚古墳など3世紀代の古い古墳から出土。中国の魏が邪馬台国の女王・卑弥呼に贈ったと魏志倭人伝に記されている銅鏡(百枚)の可能性があるとされる。

 等彌神社の画文帯神獣鏡についてはこれまで詳しい研究報告がなく、昨年同センターが鏡の拓本などを調査。今年3月刊行の研究紀要で紹介した。等彌神社では古墳時代の鉄刀(現存長約93センチ)や大型の勾玉(全長7・6センチ)も所蔵しており、勾玉は滑石製で、色は濃いブルー。表面は光沢を帯びている。

 等彌神社は鳥見山西麓に位置し、2千年近い歴史を持つとされる。古事記によれば、鳥見山は神武天皇が大嘗会(大嘗祭の起源)を行った場所で、周辺には桜井茶臼山古墳(4世紀初め)など古墳が密集。邪馬台国の有力候補地である纒向遺跡にも近い。

 纒向学研究センターは鳥見山周辺で出土した鏡などが等彌神社で保管されてきたと推定。「鏡はヤマト政権が在地の首長に与えたものと推定され、ヤマト政権による支配体制を考える重要な資料になる」としている。

 等彌神社では今年4月、伊勢神宮内宮から譲り受けた鳥居が一の鳥居として竣工した。佐藤高静宮司は「鳥居が竣工した時期に、鏡などの“三種の神器”が報告されることに奇縁、神縁(しんえん)を感じています」と話していた。