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【ちば人物記】市立船橋高吹奏楽部顧問・高橋健一さん

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【ちば人物記】
市立船橋高吹奏楽部顧問・高橋健一さん

 ■愛込めて指導の熱血教師

 早春の夕刻。船橋市市場の市立船橋高音楽室。吹奏楽部顧問、高橋健一教諭(54)が指揮台に立つ。情熱込めて指導する熱血教師は、頭に黒いヘアバンド。紺色のシャツを腕まくりしている。

 「ワン。ツー。サン。ハイ」

 美しい音色が響き渡る。ゆったりと両腕を振る。指を広げ、漂う音をわしつかみするかのようだ。腰を落とす。全身を使って指揮していく。

 練習が一段落した。指揮台から語りかける。4年前の東日本大震災。がれきで身動きできない母親に最後の別れを告げ、脱出した少女がいた。「みんなと同じ年頃だよ。大震災で多くの人々が人生を遮断された。決して忘れてはいけない」。多感な中・高校時代を福島県で過ごした。被災地への思いは深く、熱い。

 異色の経歴だ。大学卒業後、会社員になった。数年後「生きている実感」を求め、教員に転職した。初任地の船橋市立法田中で国語を教えていた。ところが、吹奏楽部顧問の教諭が人事異動で他校へ。その後任に指名された。

 「学生時代、音楽とはまったく縁がなかった。『無理です』と固辞したが、最後は校長命令で…」

 楽器は演奏できない。楽譜も読めなかったが、猛烈な勢いで音楽を学んだ。吹奏楽部の名門校に出かけ、指導方法を教えてもらった。部員も集中して練習に励むようになり、全国大会で金賞を受賞した。

 平成13年、人事異動でスポーツ強豪校の市立船橋高校へ。吹奏楽部顧問となった。当時、野球部などの応援バンドとして活動していた。部員に自信と豊かな表現力を-と着目したのが、札幌の「YOSAKOIソーラン祭り」。あえて楽器を持たせなかった。

 若い高校生たちは弾けるように踊り、体全体で表現した。高く評価された。「自信をつけ、楽器もどんどん上手になった」

 毎夏、出場を続け、札幌でも広く認知されている。会場に「市船」と染め抜いた赤と青の旗がさあっと林立すると、歓声が上がるようになった。選ばれてファイナル出場も果たした。

 全日本マーチングコンテストにも出場。金賞を受賞している。

 「半端じゃない努力をして結果を出したとき『おまえ、よくやったじゃないか』とほめる。人間の幸せは人に認められること。人類普遍の原理です」

 市船名物は「吹劇」という。聞いたことがない。市船だけの用語だ。「吹奏楽部の持つ固定観念を壊したかった。テーマと曲を決め、楽器、踊り、タップダンスなどを駆使して舞台で表現する。激動の幕末を時代背景にしたこともあります」

 毎年12月、船橋市内のホールなどで上演する。3年生にとって最後の公演となる。3年間、鍛え上げた技をすべて出し切る。

 「感動しますよ。泣きます。吹劇を見て、進学先を市船に選んだ中学生がたくさんいます」

 今春、3年生部員53人が卒業した。一人も退部しなかった。名古屋方面へ卒業旅行に出かけ、夜に語り合った。

 「人生を支える仲間、同志を見つける。それが(部活の)目的じゃないか」

 卒業旅行を終え、船橋に帰ってきた。最後の言葉をかけた。

 「みんな、がんばれよ」(塩塚保)

                    ◇

【プロフィル】高橋健一

 たかはし・けんいち 東京都出身。中・高校は福島県。東洋大学文学部卒業。会社員を経て船橋市立法田中学校教諭。平成13年から市立船橋高校教諭。好きな人物は思想家、吉本隆明。印象に残る映画は「生きる」。信条は「今しかない」。