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【東日本大震災4年】避難者暮らす東雲住宅で追悼行事

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【東日本大震災4年】
避難者暮らす東雲住宅で追悼行事

 ■故郷思い、希望持ち頑張る

 甚大な被害をもたらした東日本大震災から、11日で4年。福島県を中心に、被災地からの避難者が生活している江東区東雲(しののめ)の公務員宿舎「東雲住宅」で、追悼行事が行われた。参加者は震災で亡くなった人たちの冥福を祈り、いまだ帰れぬ故郷に思いをはせた。

 ◆来年3月まで

 東雲住宅は、応急仮設住宅として平成23年4月から避難者を受け入れ、1月末時点で509世帯994人が入居している。そのうち、477世帯959人は、震災と東京電力福島第1原発事故の被害に遭った福島県からの避難者だ。被災地からの要請を受け、入居期間の延長を繰り返しており、同県からの避難者の入居期間は来年3月までとなっている。

 追悼行事は、避難者らでつくる「東雲の会」の主催で行われた。会場では献花台に避難者や来賓が花を手向け、地震が発生した午後2時46分には、1分間の黙祷(もくとう)がささげられた。

 同会役員で同県南相馬市から避難してきた三沢宏造さん(72)は「故郷を離れ、4年がたった。故郷に少しでも早く戻れることを願い、避難生活に希望を持ち、頑張っていきたい」とあいさつした。

 ◆「戻りたい…」

 「今年も、庭の梅の花の香りを嗅ぐことができなかった」。追悼行事に参加した同県浪江町の女性(80)は、諦め顔でつぶやいた。同町の女性の自宅庭は梅やバラ、ツバキなど20種類以上の花で彩られ、毎日、手入れをしていたという。「まさか、こんな事態になるとは思っていなかったから、庭の写真を一枚も撮っていなかった」と、女性は表情を曇らせた。

 裏山があり、夏にはアユ釣りの釣り人でにぎわう川が見えた自宅を懐かしく思い、「生まれも育ちも浪江町だから、ここの環境にはなかなか慣れないね。いつ帰れるか分からないけど、町に戻りたい」と話した。

 同町の半谷(はんがい)千代子さん(76)は、来年3月までとされる入居期間について「どこに行くかあてもないし、家があっても帰れない。ここでせっかく友達もできたのに、それがまた離れ離れになると思うと、不安になる」と嘆いた。

 ◆心境に変化も

 4年という月日が流れる中、避難者の生活や心境も変化してきた。同町の豊島力さん(79)は、農家をしていた経験を生かし、一昨年から区立保育園でサツマイモの栽培方法などを教える講師を務めている。近所の子供たちからは「お芋のおじちゃん」と親しまれている。

 「ひ孫のようなかわいい子供たちから、元気をもらっている。福島と環境は違うけれど、地域の人たちの協力もあって、頑張って過ごしている」と笑った。

 同県富岡町で美容室を経営していた菅野洋子さん(73)は、同県いわき市周辺への転居を心に描いているという。「来年3月までに(東雲住宅を)出ていかなければならないという覚悟はできてきて、自宅近くのお墓参りをしたいという思いが強くなった」と菅野さん。「実現するか分からないけど、いわき近辺に身の丈に合った家を求めようかなと、一歩踏み出そうとしているところです」と話した。

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【用語解説】都内の避難者

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故では、平成24年4月の9505人をピークに、今も7509人が都内に身を寄せている(2月12日現在)。内訳は福島県6117人、宮城県935人、岩手県310人、その他147人。避難者が多いのは江東区、江戸川区、中野区など。昨年発表された避難中の1155世帯が回答した都のアンケートでは、66・6%が都内で定住を考えているとしている。