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【ふるさとを語ろう】パイプドビッツ社長・佐谷宣昭さん

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【ふるさとを語ろう】
パイプドビッツ社長・佐谷宣昭さん

「福岡の特区構想のお役に立ちたい」と語る佐谷宣昭氏

 ■九大移転、学んだ都市計画生かす

 顧客情報をネット上で管理し、それに付随するサービスを提供しています。出身は愛媛県で、大学進学の時に担任の先生から九州大学の受験を薦められました。仲間の大半は東京や関西の大学を志望していましたが、私は3人兄弟の長男。経済的な理由から地方の国立大を目指していたからです。

 それまで九州とはまったく縁がありません。修学旅行で大分や長崎に行き、福岡は通過した程度でしたが、その話に父が乗ってきました。父は戦時中、広島から佐賀に疎開し、中学・高校にかけて現地で過ごした結果、数多くの思い出を残すことができたそうです。「九州には素晴らしい人がたくさんいる。お前は人間性が今ひとつだから、鍛え直してもらってこい」と、私の背中を押しました。

 九大に入学したのは平成3年です。理系の中で最も目立つ印象があり、卒業後の仕事もイメージしやすかったことから、工学部建築学科に進学しました。大学時代、一生懸命に取り組んだのがアルバイト。入学した年のゴールデンウィーク明けから、天神の近くにあり中華料理系の料理を出すレストラン&バーで働き始めました。このバイトは結局、3年間続けました。いい社会経験になりましたね。

 建築学科では4年になるときに9つの分野から進む研究室を選びます。私は都市計画を専攻しました。3年の時に九大キャンパスの移転計画が正式に決定し、その影響も受けました。研究室の教授も移転計画に携わっており、私のバイトも移転関連の仕事へと切り替わりました。このため何度も現地に足を運び調査を進めます。

 福岡県糸島市にある移転先は当時、猟が行われているような山の中。経済合理性を追求するのであれば、普通の手法で造成した方がよいかもしれませんが、都市計画の観点から「景観に配慮した開発を進めるべきだ」と主張し、卒業論文にもまとめました。

 建築関連の学問は4年で修めることが難しく、欧州の大学では6年制を導入しているほどです。設計事務所に就職するにも大学院で学ぶことがある種、条件のようになっていましたので、九大の大学院に進学します。優秀なライバルが多く、それまでの人生で最も勉強し大学院の試験に臨みましたね。

 大学院では修士課程で2年間学んだ後、担当教授の強い薦めもあって博士課程(3年間)に進みます。結局、縁もゆかりもなかった福岡市に9年間も住み続けることになります。このうち約8年間は博多区千代町の住民でした。

 博士課程まで行きましたが、大学に残り教授を目指す考えはありませんでした。かといって、今さら民間企業に勤めるイメージもゼロ。大学の同期は、すでに5年間にわたる社会人生活を送っており、それを追いかけることなんか考えられなかったのです。

 そんなとき研究室にいた東大出身の助教授が、後輩に当たるIT(情報技術)ベンチャー企業の経営者を紹介してくれました。「ITってどんな仕事?」といった感覚でしたが、営業現場を見学することで興味を持ちました。仲間とともに「会社を立ち上げよう」と盛り上がり、その企業の出資を受けて大学院修了直後の平成12年4月に設立しました。

 当社は「情報資産の銀行」を掲げ、法人から情報を安全に預かって、有効活用できるサービスを提供しています。3年前には福岡支店を設立しました。レセプションパーティーには、学生時代の恩師や友人を招待しました。

 今、福岡は国家戦略特区の構想で盛り上がっており、天神の再開発では高さ規制や容積率も緩和されます。当面はハードが中心となりますが、ソフト対策が注目される場面が必ず出てくるはず。そのとき、当社の事業がお役に立てればと思っています。