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【平昌五輪】体操から転向、エアリアルの田原直哉 ボーゲンから始め、37歳で五輪初切符 韓国の空に描く「栄光の架け橋」

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【平昌五輪】
体操から転向、エアリアルの田原直哉 ボーゲンから始め、37歳で五輪初切符 韓国の空に描く「栄光の架け橋」

未経験だったエアリアルに転向し、37歳で初の五輪切符をつかんだ田原直哉(AP) 未経験だったエアリアルに転向し、37歳で初の五輪切符をつかんだ田原直哉(AP)

 9日開幕する平昌(ピョンチャン)冬季五輪で、フリースタイルスキー男子エアリアル(17日予選)に挑む田原直哉=たばら・なおや=(37)は、日本代表候補になるほどの体操選手だった。けがで競技を離れたが、五輪出場への思いは強く「体操の経験を生かせる」と、25歳で全く未経験だったエアリアルに転向。37歳で初の五輪切符をつかんだ。年齢的にも最初で最後の大舞台。あきらめずに夢を追い続けた苦労人が、韓国の空に「栄光の架け橋」を描く。(桑村朋)

けがを経て夢つかむ

 和歌山市で生まれ育ち8歳から地元の「和歌山オレンジ体操クラブ」に通い、2012年ロンドン夏季五輪にそろって出場した田中3きょうだい(和仁さん、理恵さん、佑典さん)の父、章二さん(67)らの指導を受けた。「危険で誰もやらない高難度の技に果敢に挑戦し、とにかく負けず嫌いだった」と、章二さんは振り返る。

 高校時代には全国優勝を争う選手へと成長、体操の名門・日本体育大に進学した。その後、ナショナルチーム入りし、アテネ夏季五輪への出場を目指したが、惜しくも落選。大学の同級生でともに代表の座を争った水鳥寿思(みずとり・ひさし)さん(37)らは、男子団体総合で金メダルを獲得した。

 負けじと、次の北京夏季五輪に照準を定めていたところ、右肩筋断裂の大けがに見舞われた。手術が必要で五輪は絶望的に。失望と焦燥感にさいなまれる中、偶然目にしたのが、トリノ冬季五輪で行われたエアリアルの映像だった。

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