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【野口裕之の軍事情勢】同じ過ち犯す中国 「C級戦犯」は存在せず「AB級」も靖国にお祀りされていない

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【野口裕之の軍事情勢】
同じ過ち犯す中国 「C級戦犯」は存在せず「AB級」も靖国にお祀りされていない

73回目の終戦の日だった8月15日、日没後も多くの参拝者が訪れた靖国神社(酒巻俊介撮影) 73回目の終戦の日だった8月15日、日没後も多くの参拝者が訪れた靖国神社(酒巻俊介撮影)

 連合国は《人道に対する罪》を問えなかった、どころではない。大日本帝國は、迫害を逃れた万人レベルのユダヤ人を世界中で助け続けた。例えば-

 1935年にドイツ施政下のユダヤ人は公民権を奪われ難民となり外国に逃れた。一説に数千人のユダヤ人が38年、シベリア鉄道で滿洲國近くのソ連にたどり着く。ソ連に入国拒否された難民は滿洲國入りを切望したが、滿洲國も拒む。

 滿洲國防衛を担う帝國陸軍・關東軍の樋口季一郎・少将(後に中将/1888~1970年)は、吹雪の中に立ち尽くす難民を見かね食料・衣類・燃料や加療を施した。さらに、滿洲國外務省や南滿洲鉄道(滿鉄)を説き、滿洲や上海租界への移動を周旋した。

 日独防共協定(1936年)を結び、日独伊三国同盟(40年)まで視野に入れていたドイツは断固抗議。抗議を受け、樋口は關東軍参謀長時代の東條英機・中将に呼ばれる。樋口は東條に「ヒトラーのお先棒を担ぎ、弱い者いじめをすることが正しいと思われますか」と質し、東條も受容した。

 ユダヤ難民移動を担った滿鉄の総裁が、後に外相となり三国同盟に傾斜する松岡洋右(A級戦犯被告。未決中に病死/1880~1946年)だった歴史の一コマも興味深い。

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