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「戦争花嫁」たちの戦い 偏見と差別に苦しみながらの戦後73年

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「戦争花嫁」たちの戦い 偏見と差別に苦しみながらの戦後73年

米国内のパーティーに出席したアーノルドさん(左)と敦子さん(右)=1970年ころ撮影(Craft family提供) 米国内のパーティーに出席したアーノルドさん(左)と敦子さん(右)=1970年ころ撮影(Craft family提供)

 ただ、母は強かった。米国社会でさまざまな差別や偏見に耐えた敦子さんは子供たちへの教育に力を注いだ。とはいえ、米国人と日本人の気質の違いに、ルーシーさんは最初、戸惑ったという。

 「米国人の母親は一般的に、自分の子供の長所を臆することなく他人に自慢する。でも私の母は違った。友だちの前で私の短所をあげて批判するんですよ」と振り返るルーシーさんだが、最近は母の振るまいが分かるようになった。自身も日本人と結婚し、日本で子育てをするようになったからだ。

 「日本人はどんな場でも謙虚さを美徳とするから、親は競い合うように自分の子供の短所を他人の前であげつらう。そんなことを知らなかったから、子供のころの私は母に認めてもらいたくて懸命に勉強した」

 祖国の違う男女が結ばれ、ともに苦難を乗り越え、懸命に子育てをする-。ルーシーさんにとって映画製作は差別や偏見に歯を食いしばりながら、育ててくれた母の歩んだ道をより深く知りたいとの思いが込められている。

 「だって、戦争花嫁たちは自らの意思で異国の地での生活を選び、懸命に自身のキャリアや子育てに取り組んできたから」。現在、2作目の制作に向けて黒人男性と結婚した花嫁や専門家らへの取材を進めている。

 戦争花嫁 先の大戦後、日本に駐留した連合国軍兵士や軍関係者と結婚し、米国やカナダなどへ渡った日本人女性ら。当時、兵士相手に水商売をする女性もいたため、戦争花嫁たちは日本社会から蔑視されたほか、渡航先でも人種差別などの偏見に苦しんだ。共立女子学園の植木武名誉教授(文化人類学)によると、戦後の混乱期にあたる昭和34年までに結婚した花嫁は約4~5万人と推計されるという。植木名誉教授は、戦争花嫁に関する記録の重要性を指摘した上で、「現代よりもあらゆる面で不利な状況に追い込まれた戦争花嫁の多くは、異国の地で死にものぐるいで生き抜いた。その姿は社会で活躍する女性たちの手本になる部分も多い」と話している。

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