産経ニュース

【昭和天皇の87年】つかの間の家族団らん 「軍歌も唱歌もうたわれた」

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
つかの間の家族団らん 「軍歌も唱歌もうたわれた」

画=豊嶋哲志 画=豊嶋哲志

 --おたたさま(お母さま) 日一日とおよろしくおなりあそばしてうれしうございます。もうおにはさき(お庭先)のごうんどうもあそばしますか、おしよくじ(お食事)もようめしあがりますか。

 私共はまいにちげんきよく学校にかよつてをりますからごあんしんくださいませ。

 (中略)五月二十七日には水交社ですまふ(相撲)を見、六月六日には校外教授で水交社の参考館に行つて日露日清の戦争の記念物を多く見ました。

 おたたさま ますますお暑くなりますからなほなほおだいじにあそばして一日も早くごぜんかいをいのります。

  六月十日 裕仁

  御母上様--(※3)

 この手紙が、どんなに節子妃を和ませたことか-。翌月初めに床払いした節子妃は、心の傷も癒え、以前に増して気丈に振る舞うようになったとされる。

 こうして少年期の裕仁親王は、学習院で乃木希典(まれすけ)院長の訓育を受ける一方、帰邸すれば家族のぬくもりを肌で感じ、情操を豊かにしていった。

 だが、そんな生活環境を激変させることが起きる。明治天皇が崩御したのだ--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

続きを読む

「ニュース」のランキング