産経ニュース

【昭和天皇の87年】「男子は男子らしくなれ」 忠義一徹〝乃木式〟に賛否両論も

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
「男子は男子らしくなれ」 忠義一徹〝乃木式〟に賛否両論も

画=豊嶋哲志 画=豊嶋哲志

 孝によると乃木は、学校のない長期休暇中などにもしばしば裕仁親王のいる皇孫仮御殿や御用邸を訪ねてきた。冬の寒い日に裕仁親王が火鉢に当たっているのを見るや、外遊びを促したことはすでに書いたが、夏の暑い日にはこんな問答が交わされたという。

 乃木「殿下、山へお登りになる時に駆けてお登りになりますか、それとも下りる時に駆けてお下りになりますか」

 裕仁親王「登る時には駆けて登れないけれども、下りる時は駆けて下ります」

 乃木「それはいけません、殿下。お登りになる時にはいくら駆けて登ってもお怪我はないが、下りる時に駆けて下りられると、お怪我を遊ばします。下りる時はゆっくり下りられた方がよろしい。お登りになる時はいくら駆けてお登りになっても結構」…

 このあと裕仁親王が、本当に山を駆け登るようになったかどうか定かでないが、のちのちまで乃木の教えを大切にしていたことは確かだ。

 再び孝が言う。

 「このような乃木さんのお話で思い出されるのは三、四年前(戦後の昭和27、28年頃)のことでございますが、ふだん陛下(昭和天皇)のお召遊ばす外套の襟が破れたことを女官長が陛下に申し上げますと、『外へ出る時は別だが、ふだんうちで往き来する時の外套はつぎを当てておけばいいから』と仰せられ、つぎを当てた外套を差し上げて恐縮しました-と女官長が言っておられましたが、私どもはそれを伺った時に、ああ、乃木さんが一生懸命御教育遊ばしたことは、今でも陛下の中に生きていらっしゃるんだな、と思いました」

 乃木が教えた質実剛健。それは裕仁親王の胸奥に、しっかりと実を結んでいた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

【参考・引用文献】

○学習院輔仁会編「乃木院長記念録」(三光堂)

○長与善郎著「わが心の遍歴」(筑摩書房)

○小松耕輔謹話「師を敬し御学友を愛し給ふ」(田中光顕監修「聖上御盛徳録」所収)

○鈴木(旧姓足立)孝著「天皇・運命の誕生」(文芸春秋編「昭和天皇の時代」所収)

「ニュース」のランキング