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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】〈32〉『神やぶれたまはず』再読

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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】
〈32〉『神やぶれたまはず』再読

73回目の終戦の日。日没後も多くの参拝者が訪れた靖国神社=8月15日午後、東京・九段北(酒巻俊介撮影) 73回目の終戦の日。日没後も多くの参拝者が訪れた靖国神社=8月15日午後、東京・九段北(酒巻俊介撮影)

身を捨てる天皇の伝統

 大東亜戦争末期、日本は降伏することも、しないこともできないというジレンマに陥っていた。降伏すれば国民の生命は救われるかもしれないが、それは敵に天皇陛下の首を差し出すことにほかならないからだ。長谷川さんは書く。

 《「上下心を一(いつ)に」することを国体の柱としてきた日本国民にとつて、天皇の命とひきかへに自分たちが助かるといふ道は、取り得ない道であつた》

 7月26日、ポツダム宣言が日本政府に伝えられる。そこには「吾等の軍事力の最高度の使用は日本国軍隊の不可避かつ完全なる壊滅を意味すべく又同様必然的に日本国本土の完全なる破壊を意味すべし」「吾等は日本国政府が直に全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し…右以外の日本国の選択は迅速かつ完全なる壊滅あるのみとす」という恫喝(どうかつ)的言辞とともに、「日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ平和的傾向を有しかつ責任ある政府が樹立せらるるに於ては連合国の占領軍は直に日本国より撤収せらるべし」という国体護持を保証するかのような項も含まれていた。

 だが、《連合国側は戦後処理において、自国民たちを満足させうる「敵の象徴としての指導者」の血に飢ゑて》いた。そして8月6日、広島に原爆が投下され、8日にはソ連が中立条約を一方的に破棄して宣戦布告、9日には長崎に原爆が投下される。

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