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【日本スプリントの挑戦】躍進を遂げた小池祐貴 火を付けたのは「日本最速の同い年」と「五輪入賞ジャンパー」との邂逅(かいこう)

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【日本スプリントの挑戦】
躍進を遂げた小池祐貴 火を付けたのは「日本最速の同い年」と「五輪入賞ジャンパー」との邂逅(かいこう)

ダイヤモンドリーグ第11戦の男子400メートルリレーで日本の第1走者を務めた小池祐貴=7月22日、ロンドン(ロイター=共同) ダイヤモンドリーグ第11戦の男子400メートルリレーで日本の第1走者を務めた小池祐貴=7月22日、ロンドン(ロイター=共同)

 「何かしら自分が知らないことがあるんだなと。臼井さんに質問すると、自信のある言葉がよどみなく返ってきた。分かるじゃないですか、『この人、嘘付いてないな』って。無理に言うことを聞かせようとしないし、見栄も張っていない。話を聞いていて、やっぱり、自分(の練習のポイント)がずれてるんだなって思って、それで『教えてください』となったんです」

 川合監督の言葉を借りれば、臼井は「スーパーマン」だ。

 走り幅跳びで1984年ロサンゼルス五輪7位入賞。これだけも偉業だが、すごみはその万能ぶりにもある。高校時代は三段跳びで全国大会を制し、400mで当時の高校記録をマークした。アジア大会は1600mリレーのメンバーとして78年、82年と連覇。78年大会は400mリレーも走って銀メダルを獲得している。

 引退後、臼井は30年近く会社員生活を送り、陸上の指導には携わっていなかった。

 「『トレーニング、考えてくれますか?』って言うから、じゃあ、やるだけやってみるかと。本人も悩んでたしね」とコーチを引き受けた経緯を淡々と振り返り、こう続ける。「今の選手全般に言えることだと思うけど、自分が優れている点というのは分かる。だけど、何が足りないか、なぜ伸び悩んでいるか分かっていない選手が多い。小池も自分のことをよく分かっていない。潜在能力はあるから、ちゃんと練習できれば、そこそこ記録は出るなと思いましたよ。ただ、短距離選手としてのベースが著しく低かった」

 競技の現場から長く離れていたとはいえ、臼井には自ら感じ、考え、結果を出してきた現役時代の知見がある。アスリートを見る目、洞察力はさび付いていなかった。

 すぐに小池は、それまで自分で組み立てていた練習メニューを臼井に委ねることにした。2人とも「お互いのことを、ほとんど知らなかった」と口をそろえるが、真っさらな気持ちで取り組むのに、それはプラスだったのかもしれない。

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