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【矢板明夫の中国点描】米中貿易戦争の中国副首相はアロー戦争の「無策」官僚に似ている

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【矢板明夫の中国点描】
米中貿易戦争の中国副首相はアロー戦争の「無策」官僚に似ている

中国の劉鶴副首相(ロイター) 中国の劉鶴副首相(ロイター)

 米中貿易戦争が長期化する様相を呈している。6月に北京での交渉が決裂して以降、再開のめどは立っていない。中国当局は赤字解消に向けた対案も示さず、問題をどう解決しようとしているのか全く見えない。北京の知識人の間で、対米交渉担当者の劉鶴副首相が「六不総督」と揶揄(やゆ)されているのを聞いて、納得した。

 「六不総督」とは清末のアロー戦争当時、英仏連合軍の侵攻に対応した官僚、葉(よう)名(めい)●(=王へんに深のつくり)(ちん)のことだ。「不戦、不和、不守、不死、不降、不走」(迎撃せず、交渉せず、守らず、自殺せず、降伏せず。逃げず)。そんな「無策の策」をとったことが異名のゆえんとなった。

 1856年、清軍が広州付近で、登録期間がすぎた英国の商船、アロー号に臨検を行い、複数の船員を海賊として拘束、同船が掲げる英国旗を引きずり降ろした。英国側は猛抗議したが、広東、広西両省を統括する両広総督の葉は「英国旗など最初から掲げられていなかった」と強硬姿勢を崩さず、交渉は決裂した。

 しかし、葉は北京の咸(かん)豊(ぽう)帝に対し「交渉はうまくいった」「英軍を撃退した」と嘘の報告を重ねた。自国の軍事力を妄信し、対外強硬策を主張する咸豊帝の逆鱗に触れることを何より恐れていたためといわれる。

 翌年、自国の宣教師が殺害されたことを理由にフランスも英国と一緒となり遠征軍を派遣して広州を攻めた。戦っても勝ち目がなく、逃げれば皇帝に処刑される。そう悟った葉は、前述の「六不」策を採用。英軍の広州入城の日、普段と同様に出勤し、総督府にいたところ、捕虜となった。

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