産経ニュース

【昭和天皇の87年】死闘!黄海海戦 運命の一弾が敵の司令長官を吹き飛ばした

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
死闘!黄海海戦 運命の一弾が敵の司令長官を吹き飛ばした

画=井田智康 画=井田智康

 当時の砲手の技量は、日本側の方がロシア側より数段上だとよく言われるが、この黄海海戦に限ればほぼ互角だったといえる。事実、連合艦隊の各艦も損害を被り、中でも旗艦三笠は約20発の命中弾を受けて120人が死傷した。午後6時30分には三笠艦橋の左舷側に被弾し、艦長や参謀らが負傷、その血しぶきが東郷にも飛び散った。

 しかし東郷は艦橋から一歩も離れず、敵の旗艦ツェザレヴィッチを凝視したまま、不動の姿勢で指揮をとり続けた。

 そして、のちに「運命の一弾」と呼ばれる三笠の12インチ砲がツェザレヴィッチの司令塔付近で炸裂(さくれつ)する。

 ときに午後6時37分。ヴィトゲフトの身体は粉々に吹き飛ばされ、司令塔内の艦長、機関長、砲術長、水雷長らが全員死傷。操舵手も舵輪(ハンドル)を握ったまま絶命し、ドオッと倒れた際に舵輪が回転、操舵不能となった旗艦ツェザレヴィッチは左に旋回しながら後続の艦列に突っ込み、大混乱となった旅順艦隊はウラジオストクへの脱出を諦めて潰走した(※2)。

 東郷の運は、本物だったのだ。

 しかしそれは天与のものではなく、自らの闘志が呼び込んだ運だった--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

続きを読む

関連ニュース

「ニュース」のランキング