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【昭和天皇の87年】死闘!黄海海戦 運命の一弾が敵の司令長官を吹き飛ばした

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【昭和天皇の87年】
死闘!黄海海戦 運命の一弾が敵の司令長官を吹き飛ばした

画=井田智康 画=井田智康

 10日午前6時35分、ロシアの旅順艦隊が出港したとの急報を得た東郷は、各艦に出撃を命じ、決戦が予想される海域へ急いだ。

 両艦隊が旅順沖の黄海で会敵したのは12時30分。旗艦三笠に戦闘旗を掲げた東郷は、まず主力の第1戦隊を左8点(90度)に一斉回頭し、横一列になって旅順艦隊を誘い込もうとした。しかし、旅順艦隊が南に針路をとったため、さらに左8点に一斉回頭して縦一列となり、午後1時36分、右16点(180度)に一斉回頭、敵の進路を圧迫しつつ先頭艦を集中砲撃した。

 丁字戦法である。

 旅順艦隊に闘志があれば、激しい砲戦が続いたことだろう。当然、東郷もそうなるものと思っていた。ところが旅順艦隊は次第に離れていく。実は、敵の司令長官ヴィトゲフトに、戦う気など微塵もなかった。彼の狙いはただ一つ、なりふり構わず連合艦隊を振り切り、ウラジオストクへ逃げ込むことだ。

 ここで、丁字戦法の欠陥が露呈する。この戦法は、近づいてくる敵艦を叩きつぶすためのもので、遠ざかる敵艦を追いつめるには不向きだったのだ。

 午後1時57分、東郷は第3戦隊に敵巡洋艦への攻撃を命じ、第1戦隊を右に転回させたが、わずかにタイミングが遅れた。ヴィトゲフトはその隙を見逃さず、南東に針路をとって増速、連合艦隊を引き離しにかかった(※1)。

 東郷は追った。必死に追った。

 ようやく追いついたのは午後5時30分、日没が迫っている。7000メートルの距離で戦闘を再開した東郷の連合艦隊は、今度は逃がすまいと5000~3500メートルまで肉薄し、旅順艦隊に猛烈な砲戦を挑んだ。

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