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【昭和天皇の87年】遂にロシア軍司令官が降服 世界が称賛した乃木希典の武士道精神

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【昭和天皇の87年】
遂にロシア軍司令官が降服 世界が称賛した乃木希典の武士道精神

画=井田智康 画=井田智康

 もう一つ、乃木の名声を不動にしたものがある。

 要塞陥落の5日後、乃木は敵将ステッセルと旅順北西で会見した。戦前の教科書に登場し、唱歌にまでなった「水師営の会見」である。

 これに先立ち、参謀総長の山県有朋は乃木に打電し、「陛下(明治天皇)には将官ステッセルが祖国の為め尽くせし苦節を嘉(よ)みし玉(たま)ひ、武士の名譽を保たしむべきことを望ませらる」と伝えた。

 乃木は、この聖旨を忠実に履行する。勝者である軍司令官としてではなく一個人として会見にのぞみ、ステッセルと随員に勲章の佩用(はいよう)と帯刀を許した。

 通訳を務めた第3軍参謀の津野田是重によれば、「双方隔意なき態度を以て雑談」し、こんなやり取りを交したという。

 ステッセル「閣下は当方面の戦場において、最愛の二子を喪われたとのことですが、まことに御同情に堪えません」

 乃木「私は二子が武門の家に生まれ、軍人としてともに死所をえたことをよろこびます。彼らも満足して瞑目(めいもく)していることでしょう」

 ステッセル「閣下は人生の最大幸福を犠牲にして、かえって満足しておられる。私などの遠く及ぶところではありません」

 乃木「ところで貴軍の戦死者の墓が散在しているようですが、できることなら1カ所に集め、墓標を立てて氏名などを記しておきましょうか」

 ステッセル「閣下は戦死者のことまで情けをかけてくれるのですか、お礼のことばもありません」

 会見の様子は、武士道のあるべき姿として、戦前の日本人の心に深く染み込んだ。

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