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【昭和天皇の87年】新兵器投入も総攻撃失敗… いよいよ乃木は窮地に立たされた

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【昭和天皇の87年】
新兵器投入も総攻撃失敗… いよいよ乃木は窮地に立たされた

画=井田智康 画=井田智康

 第3軍は9月19~22日、第2回総攻撃の前哨戦として竜眼北方や水師営南方の堡塁群を攻め落としたが、最大の攻撃目標だった二〇三高地を攻略できなかったため失敗とみなされた。

 期待の28センチ榴弾砲を戦列に加えた10月26日~11月1日の総攻撃でも、例えば主要攻撃目標のひとつ、二竜山堡塁の規模を過少に見積もるという、致命的なミスを犯してしまう。

 第3軍参謀副長の日記によれば、二竜山堡塁には外堀があり、その幅は「十二、三米(メートル)との偵察」だったため、長さ14メートルの軍橋を作って突撃直前に架けようとした。ところが実際の幅は15メートルで、橋は「濠幅に足らずして、濠底若干米の所に落下」してしまった。そこで長さ8メートルのはしごを急ぎ準備し、堀の下に降りようとしたものの、「濠の深は実際十二米突ありしなり」で、はしごも「亦(また)深く濠底に落ち」てしまった…。

 ここまでミスが重なると、悲劇を通り越して喜劇である。乃木は早々に攻撃中止を決断した。主要目標の外堀も越えられずに無理攻めすれば、死傷者を増やすだけだ。

 もっとも、第2回総攻撃の死傷者は日本側3830人に対しロシア側4532人。乃木の新戦術はロシア側に、相当な打撃を与えていたといえよう。

 しかし、参謀本部は乃木の新戦術を、全く理解しなかった。

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