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【昭和天皇の87年】1歳3カ月でハイハイ 英国婦人も感嘆した「誇り高き血」

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【昭和天皇の87年】
1歳3カ月でハイハイ 英国婦人も感嘆した「誇り高き血」

画=井田智康 画=井田智康

 川村家で裕仁親王の世話にあたったのは、川村を中心に二女の花子(伯爵柳原義光の妻)、花子のいとこ、乳人1人、看護婦2人。ほかに複数の侍女が宮内省や東宮御所から派遣され、川村を助けた。

 花子によれば、「父(川村)は何かにつけて誠心の余り、随分無遠慮に、(親王に対して)ご注意申し上げていました」という。

 そんな川村の様子について、戦前に侍従次長などを務めた甘露寺受長(おさなが)が、興味深いエピソードを書き残している。

 --ある日の夕食時、裕仁親王は、お膳に嫌いなものが出されたのを見て、「これ、いやっ」と箸を投げ出した。すると川村は、「いやなら、お食べにならなくてもよろしい。じじいは、もうご飯をさしあげません」と強く言ってお膳を下げてしまった。しばらくして親王が「食べる、食べる」とすすり泣きを始めると、川村は黙って夕食を前に差し出し、親王は素直に箸をつけた--

 「決して遠慮するに及ばぬ。川村の孫と思ひて万事養(やしな)へ」という嘉仁皇太子の意向を、川村はそのまま実践していたようだ。

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