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御用邸のまち「葉山」に最初に別邸を築いた有栖川宮家

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御用邸のまち「葉山」に最初に別邸を築いた有栖川宮家

旧有栖川宮別邸跡に建てられた神奈川県立近代美術館の葉山館=神奈川県葉山町(外崎晃彦撮影) 旧有栖川宮別邸跡に建てられた神奈川県立近代美術館の葉山館=神奈川県葉山町(外崎晃彦撮影)

 ニコライ皇太子は、大津市で警備中の巡査に切られて負傷。このいわゆる「大津事件」では、機転を利かせた威仁親王の要請により明治天皇自らがニコライ皇太子を見舞い、ロシアとの関係悪化を回避させる功績をあげ、32年から36年までは皇太子時代の大正天皇の教育係を務めるなど、一層厚い信頼を得た。

実録にも記載

 宮内庁がまとめた昭和天皇唯一の公式記録集『昭和天皇実録』には、明治39年7月29日に「午前、雍仁(やすひと)親王・宣仁親王と共に御徒歩にて(葉山の)有栖川宮別邸へお成りになり、威仁親王と御対顔になる」との記載がある。有栖川宮別邸は当時、かやぶきの田舎風建築物だったと伝えられる。

 だが、威仁親王は息子が早世。ほかには後継者に恵まれず、大正2(1913)年に死去したことで、有栖川宮家の断絶が事実上確定した。当時の様子も実録に記載がある。

 2年3月3日、「静養中の威仁親王容態悪化の報をお聞きになり、御尋の電報を御発送になる」。7月6日には「療養中の威仁親王が危篤との報をお聞きになり、有栖川宮の後継なきことに関し御下問になる」とあり、「昨五日夜薨去(こうきょ)するも、喪を秘す」と注釈がある。

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