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【昭和天皇の87年】クーデターを防いだ阿南陸相の切腹 決起将校も次々と自決した

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【昭和天皇の87年】
クーデターを防いだ阿南陸相の切腹 決起将校も次々と自決した

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 宮城事件には東条英機元首相の女婿、古賀秀正少佐も深く関わっていた。

 古賀は皇居賢所(かしこどころ)に土下座して礼拝した後、部下の一人に「若い者は死ぬな。全責任は俺が負う」と言ったと伝えられる。その後、森の遺骨(※1)が安置されている近衛師団司令部の貴賓室へ行き、割腹の上、とどめの拳銃の引き金をひいた。

× × ×

 昭和天皇が宮城事件の顛末(てんまつ)を知ったのは、夜が明けてからだった。

 《侍従武官長蓮沼蕃(しげる)は東部軍管区司令官と同道、御文庫に参殿、七時三十五分に単独にて拝謁し、事件の経過並びにその鎮圧につき奏上する。八時、天皇は侍従長藤田尚徳(ひさのり)をお召しになり、事件の発生を嘆かれる》

 この日、快晴。

 正午がゆっくり近づいていた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)畑中少佐らが殺害した森師団長の遺体は15日早朝、検視もしないまま司令部近くの窪地で荼毘(だび)に付されたが、その理由や経緯については諸説ある。遺骨は師団長室の隣にあった貴賓室に安置された。なお、宮城事件で森師団長ら2人が殺害され、畑中少佐ら3人が自決したほか、事件を鎮圧した東部軍管区の田中司令官も9日後の8月24日に自決した

【参考・引用文献】

○竹下正彦「機密作戦日誌」(軍事史学会編『大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌』新装版下巻所収)

○迫水久常『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』(ちくま学芸文庫)

○鈴木貫太郎口述「終戦の表情」(外務省編『終戦史録』所収)

○北畠暢男「玉音盤奪取の偽師団長命令」(『文

藝春秋』平成17年9月号所収)

○森下智『近衛師団参謀終戦秘史』(非売品)

○宮内庁編『昭和天皇実録』34巻

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