産経ニュース

【昭和天皇の87年】クーデターを防いだ阿南陸相の切腹 決起将校も次々と自決した

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
クーデターを防いだ阿南陸相の切腹 決起将校も次々と自決した

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 「自分は陸軍の意志を代表して随分強硬な意見を述べ、総理をお助けするつもりが反(かえ)つて種々意見の対立を招き、閣僚として甚だ至らなかったことを、深く陳謝致します」

 阿南が侍従武官を務めていた昭和4年から8年まで、鈴木も侍従長として宮中にいた。お互い深く信頼し合っていた仲だ。「総理をお助けするつもり」の言葉に、偽りはなかっただろう。

 午前3時、阿南はシャツを着替えた。侍従武官時代、昭和天皇から拝領したシャツである。勲章で飾られた軍服は床の間に置き、その両袖に抱くようにして、戦死した次男惟晟(これあきら)の写真を載せた。

 午前5時、短刀にて割腹。竹下が介錯(かいしゃく)しようとしたのを断り、午前7時すぎ絶命した。

 享年五十八。自室の机上には「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」の遺書が残された。

× × ×

 自刃の一報は、すぐにクーデター部隊の将校らに伝わった。それは、命と引き替えの諫止(かんし)と聞こえたに違いない。近衛歩兵第2連隊第1大隊長の北畠暢男(のぶお)はのちに、「この時点で私は、天の時は過ぎたのだ、と覚悟するに至りました」と述懐している。

 阿南の自刃により、宮城事件は急速に収束へと向かう。

続きを読む

「ニュース」のランキング