産経ニュース

【昭和天皇の87年】近衛師団長を惨殺! クーデター部隊が皇居に侵入した

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
近衛師団長を惨殺! クーデター部隊が皇居に侵入した

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 梅津はその後、教育総監、第1、第2総軍司令官、航空総軍司令官とともに、参謀次長が発案した陸軍方針「皇軍は飽(あ)くまで御聖断に従い行動す」に署名。これに阿南も署名し、陸軍全体が暴走する危険はなくなった。

 政府もまた、ただちに閣議を開いて終戦の詔書案を審議した。一部の文言に阿南が待ったをかけたため、最終案の内奏は午後8時以降にずれ込んだが、昭和天皇が署名し、全閣僚が副署して、終戦が正式決定する。

 ときに14日午後11時。終戦の詔書は翌15日正午に、昭和天皇の玉音放送によって公表されることとなった。

 昭和天皇実録によれば14日午後11時25分、《(昭和天皇は)日本放送協会により設営されたマイクを御使用になり、放送用録音盤作製のため、大東亜戦争終結に関する詔書を二回にわたり朗読される。宮内大臣石渡荘太郎・侍従長藤田尚徳・侍従三井安弥・同戸田康英・情報局総裁下村宏が陪席する。録音盤は、侍従徳川義寛により階下の侍従職事務官室の軽金庫に収納される》(34巻48頁)

 だが、これで終わりではなかった。その1時間後、この録音盤を狙って、抗戦派の一部が遂に決起するのだ。

× × ×

続きを読む

関連ニュース

「ニュース」のランキング