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【赤字のお仕事】取材後記(4) 平成の「郷土の偉人」たち

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【赤字のお仕事】
取材後記(4) 平成の「郷土の偉人」たち

 私事で恐縮だが、知人の父親が発行人となり室町後期の武将、太田道灌(どうかん、1432~86年)を中心とした小説=加藤美勝著「太田道灌の戦国決戦」知道出版=を出版した。江戸築城で有名な道灌だが、開府以前にいまの東京の礎を担った一人と称されても、歴史に興味のある読者以外は知名度が低い。「本を起爆剤に、ゆくゆくは大河の主人公に」と知人は話す。また記者として初任地だった福島市では、同市出身で高校野球の大会歌「栄冠は君に輝く」やプロ野球阪神の応援歌「六甲おろし」などの作曲で有名な古関裕而(1909~89年)夫妻の朝ドラ放送を実現しようと署名活動が進められている。

 岩手県一関市の市博物館に常設展示のコーナーが設けられている大槻磐渓は、戊辰戦争で官軍が会津征討の命令を仙台藩に発すると=1868(慶応4)年1月=朝廷への建白書を起草する一方、奥羽越31藩から成る「列藩同盟」を成立させた=同年5月。この同盟の意義を各藩に説いたのが同じ仙台藩士で藩校「養賢堂」指南統取の玉虫左太夫(さだゆう、1823~69年)である。

 玉虫は、江戸幕府と米国が結んだ日米修好通商条約の批准書交換のため派遣された「万延遣米使節団」に参加。行程を「航米日録」に記録した。航米日録に清流の記録より2年早く「博物館」(玉虫の記述では「博物所」)と記したことを、連載の「『博物館』と団員たちの世界観(英国・ロンドン)」(同26年3月掲載)で触れた。列藩同盟では、米国での経験を基に各藩の代表で組織する「公議府」設置の中心となった。その後、軍務局副頭取を務めている。

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