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【昭和天皇の87年】悲劇の満州在留邦人 婦女子らの列にソ連軍戦車が突っ込んだ!

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【昭和天皇の87年】
悲劇の満州在留邦人 婦女子らの列にソ連軍戦車が突っ込んだ!

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 旧厚生省引揚援護局の調査によると、この事件の推定死者数は約1000人。だが、このうちソ連軍による殺戮は約600人で、残りの約400人は集団自決などの犠牲者だとされる。

 敵に囲まれた草原で、孤立無援の在留邦人が味わった恐怖、絶望はどれほどだったか。生存者の一人はこうつづっている。

 「ソ連兵の殺戮(さつりく)に続いて、生存者がこの世を儚(はかな)み自殺する者が続出しました。お互いに刃物を握り、一、二の三と叫んで刺し違えて倒れていく姿には鬼気迫るものがあり、残酷でこの世の出来事とはとても思えませんでした。(中略)親が子供の首に紐をかけて殺しているのが目に映りましたが、子供の手は虚空を掴(つか)み、足をばたつかせて動かなくなっていきました」……

 夜になると、今度は近在の農民らが、暴民となって生存者を襲った。

 「ふっと気が付くと、何時の間に近づいて来たのか、麻袋を担ぎ大きな丸太ん棒を持った満人がいきなり雅ちゃんの着ていた外套を奪おうとしていました。私が必死で抵抗しますと、持っている丸太ん棒で私を叩くのです。どうする事もできません。為すがままです。一人が去ったかと思うと、又別のが来ます。(中略)その麻袋はどれもこれも大きく膨れています。死人の着物だけでなく、生きている人の着物もみんな剥ぎ取ってしまったのでしょう。私達は全裸にはなりませんでしたが、中には全裸にされ、コーリャンの葉っぱで覆っていた人も居たそうです」……

 一方で、親を失ってさまよう子供たちを救い、わが子同然に養育した中国人が多数いたことも、忘れてはならない。

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