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【昭和天皇の87年】運命の閣議 埋まらぬ賛否の溝 「再び御聖断を仰ぐしかない」

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【昭和天皇の87年】
運命の閣議 埋まらぬ賛否の溝 「再び御聖断を仰ぐしかない」

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

【参考・引用文献】

◯外務省編『終戦史録』(官公庁資料編纂会)

◯池田純久『日本の曲り角 軍閥の悲劇と最後の御前会議』(千城出版)

戦前の内閣 現行憲法で内閣総理大臣(首相)は、「国務大臣を任命する」とともに「任意に国務大臣を罷免することができる」と規定されているが(68条)、大日本帝国憲法には内閣や首相に関する記述はなく、各国務大臣がそれぞれ「天皇ヲ輔弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス」と規定していた(55条)。このため戦前の首相は「同輩である閣僚の中の首席」という位置づけで、全閣僚の意見を統一できなければ内閣を維持できなかった。

ポツダム宣言受諾をめぐる内閣の迷走 「全日本軍の無条件降伏」などを求めたポツダム宣言に対し、昭和20年8月9日の閣議では、国体護持(天皇の地位の保全)を唯一絶対の条件として受諾すべきとする外相案を大半の閣僚が支持した。だが、12日未明に傍受した連合国の回答(バーンズ回答)に「天皇は連合軍最高司令官にsubject to(従属)する」との文言があったことから、翌13日の閣議は雰囲気が一変。総合計画局長官だった池田純久の手記によれば、陸相に加え内相と司法相が即時受諾の外相案に反対し、閣内不一致で内閣は崩壊の危機に陥った。

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