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【昭和天皇の87年】首相を改心させた「陛下の思召」 風は終戦派に吹き始めた

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【昭和天皇の87年】
首相を改心させた「陛下の思召」 風は終戦派に吹き始めた

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 このとき鈴木は、抗戦派に押されて再照会論を表明してしまったことに、内心は揺れていたようだ。木戸の面談要請を渡りに船と、自ら皇居を訪れた。外務省編集の『終戦史録』によれば、「内府(木戸)は、このとき陛下の思召(おぼしめし)として、外相の意見通り進むを可とする旨を述べた模様である。首相は、思召と聞いて早速賛意を表した」

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 ちょうどその頃、中立国の在スイス公使から、ポツダム宣言受諾をめぐる連合国の正式回答が外務省に入電した。未明に傍受したバーンズ回答と同一の内容である。

 しかし、外務省はこれを翌13日早朝に届いたことにし、その間、形勢が好転するのを待った。

 果たして、木戸の説得で鈴木が再び即時終戦の意志を固めたほか、海外の新聞が連合国の回答について、実質的に日本の要求を認めたものと報じているとの情報も入ってきた。

 中でも外務省が注目したのは、文字通りの無条件降伏を求めるソ連の動きだ。在スウェーデン公使からの公電によれば、ソ連は正式回答の文面に強く反対し、アメリカが「天皇の地位を認めざれば日本軍隊を有効に統御するものなく連合国は之が始末になお犠牲を要求せらるべし」と説得した結果、ようやく文面が決まったという。

 こうした事情を閣僚に伝えれば、形勢は終戦派に大きく傾くに違いない。

 「憂鬱に閉ざされた昨日の空気は今朝になって急に明るくなって来た」と、外務次官の松本俊一が戦後の手記につづっている。

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