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【昭和天皇の87年】熾烈を極めたソ連軍の砲撃 関東軍は完全に不意を突かれた

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【昭和天皇の87年】
熾烈を極めたソ連軍の砲撃 関東軍は完全に不意を突かれた

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 東部戦線のソ連軍にとって、シベリア鉄道を射程に収める虎頭要塞は最大の脅威だ。開戦直後に要塞を制圧しなければ、鉄道による補給路が断たれてしまう。このため砲撃は熾烈(しれつ)を極めた。

 一方、戦力寡少の要塞は完全に不意を突かれた。しかも守備隊長の西脇武大佐は作戦主任参謀らを連れて牡丹江(ぼたんこう・現中国黒竜江省牡丹江市)の第5軍司令部に出張中だった。

 かわって指揮をとった砲兵隊長の大木正大尉が第5軍司令部に開戦を急報。これが関東軍総司令部に伝わり、ソ連侵攻の第一報となった。

 ソ連軍の集中砲火は明け方の午前5時まで続き、猛虎山一体の山肌を深く削り取った。

 だが、関東軍は、なす術もなく蹂躙(じゅうりん)されたわけではない。

 突然のソ連侵攻を受け、満州の首都新京(現中国吉林省長春市)にある関東軍総司令部は当初混乱したが、午前6時、虎頭要塞を含む国境の各部隊に向けて、ついに「侵入し来る敵を破砕すべし」の作戦命令を発令する。

 準備を整えた要塞の各砲が、午前11時を期して一斉に火を噴いた-。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

【参考・引用文献】

○防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 関東軍(二)関特演・終戦時の対ソ戦』(朝雲新聞社)

○平田文市編『ソ満国境 虎頭要塞の戦記』(全国虎頭会事務局)

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