産経ニュース

【昭和天皇の87年】運命の御前会議開催へ 「陛下は非常な御決心でおられる」

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
運命の御前会議開催へ 「陛下は非常な御決心でおられる」

画=筑紫直弘 画=筑紫直弘

 昭和天皇の「非常な御決心」は、木戸と重光によって終戦派の首相、外相、重臣らに内々に伝えられ、ひそかに御前会議の準備が進められた。誰もが聖断にすがりたい一心だったのだ。

 重光は木戸に言った。

 「自分らが内閣や外務省に働きかけても限界がある。軍部の意向を覆すことが出来ぬからだ。これを覆すのは勅裁に頼るほか道はない。もはや最後の土壇場にきている。政府内閣の出来ないところを陛下に御願いして日本の運命を切りひらいていただきたいのだ」

× × ×

 こうして、終戦派が期待する天皇臨席の最高戦争指導会議が、皇居の御文庫附属室で開催される運びとなった。のちに第1回御前会議と呼ばれる、日本の運命を決めた会議である。

 ただし安心はできない。終戦派にとってネックは、御前会議の構成員だった。ポツダム宣言の即時受諾を求める外相案に、大半の閣僚は賛同しているが、彼らは御前会議に出られず、かわりに、外相案に反対する陸海両総長が出席するからだ。

 御前会議の構成員は鈴木貫太郎首相、東郷茂徳外相、阿南惟幾(これちか)陸相、米内光政海相、梅津美治郎参謀総長、豊田副武(そえむ)軍令部総長の6人。このうち鈴木、東郷、米内が終戦派。阿南、梅津、豊田が抗戦派で、賛否が拮抗(きっこう)している。しかも議長役の鈴木は自分の意見を言いにくい立場だ。

 このため鈴木は、勅許を得て枢密院議長の平沼騏一郎を出席者に加えた。平沼が外相案を支持するだろうと、見込んでいたのだろう。

続きを読む

「ニュース」のランキング