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【iRONNA発】西郷隆盛 幕末維新の立役者は「工作員」だった? 倉山満

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西郷隆盛 幕末維新の立役者は「工作員」だった? 倉山満

明治31年に建てられた西郷隆盛銅像=東京都台東区の上野公園 明治31年に建てられた西郷隆盛銅像=東京都台東区の上野公園

 とはいえ、若いころの西郷は、何をやってもうまくいくという才人ではなく、苦労も経験している。あるいは人間臭い面もある。たとえば、単身赴任の妻に家庭のもめ事を押し付け、自分は仕事と称して女遊びに励むなど。そして、主君斉彬の死、幕府の大老井伊直弼の大弾圧、二度にわたる島流しなどを経て、さらに自らの勉学を磨く。

 しかし不遇の地位にあっても、限られた情報を頼りに己の未来を描いていた。そして常に、「皇国」の運命を思っていた。インテリジェンスオフィサーとしての西郷の真価が発揮されるのは、こうした苦労を経て帰還してからである。西郷は、薩摩藩重役として、幕末政局で多くの謀略を主導する。

 そして西郷の復帰に尽力したのが大久保利通である。大久保は常に西郷を指導者として立てていたが、西郷の失脚により政治家として目覚め、そして西郷の帰還により政治的盟友として御一新へと突き進んでいく。しかし、障害があった。徳川慶喜である。慶喜は常に西郷や大久保らの前に立ちはだかった怪物政治家だった。文久の政変で薩摩を利用して政権を奪取して以降、朝廷・将軍家・幕府・諸大名、そして外国勢力をも変幻自在に操り、幕末政局の中心に位地した。

奇跡の「鳥羽伏見」

 最近、明治維新は誤りであったとの説が流布している。「慶喜こそ真に日本の指導者にふさわしく、慶喜に任せておけば当時最高の人材を網羅した政府ができたはずだ。それを吉田松陰の弟子たちの長州や西郷に率いられた薩摩らテロリストがぶち壊した」と。これは謬(びゅう)論である。そのような政権で、富国強兵、殖産興業、日清、日露戦争の勝利以上の成果が見込めたのか。既成勢力の寄せ集めなど、しがらみだらけで何もできまい。

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