産経ニュース

【坂東武士の系譜・第2部プロローグ】「飛躍の時代」-那須野巻狩 幕府の権威誇示した軍事演習

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【坂東武士の系譜・第2部プロローグ】
「飛躍の時代」-那須野巻狩 幕府の権威誇示した軍事演習

那須野巻狩JR那須塩原駅前に展示されてる「巻狩鍋」大将鍋=栃木県那須塩原市大原間西 那須野巻狩JR那須塩原駅前に展示されてる「巻狩鍋」大将鍋=栃木県那須塩原市大原間西

 那須野巻狩では、小山朝政、宇都宮朝綱、八田知家がそれぞれ約1千人の勢子を出したといい、各氏の勢力の大きさが計り知れる。一方、那須光助は接待役として登場。地元有力武家として当然の役割ではあるが、小山氏、宇都宮氏と肩を並べる勢力とはいえない。源平合戦での那須与一の活躍から10年もたっていないこの時期、那須氏は没落していたとみられる。

 続く富士の巻き狩りでは、頼朝の嫡子、12歳の頼家が鹿を射とめて頼朝を喜ばせた。鹿狩りは後継者として神に認められたことを意味する。一方、曾我兄弟の仇討ちも起きた。工藤祐経を討った後、曾我兄弟は頼朝の宿所を襲おうとしており、頼朝の消息はしばらく不明。安否を気遣う頼朝の妻、政子に対し、頼朝の弟、範頼(のりより)は「範頼が控えておりますので(ご安心ください)」と見舞いの言葉を送る。これが野心の現れと取られ、範頼の命取りになった。浪花節の物語の裏で政治的暗闘の臭いもするミステリアスな事件だ。

 「曾我兄弟のバックは誰か」。県立博物館(宇都宮市睦町)の江田郁夫学芸部長は「将軍の権力をアピールする場でありながら、不安定さも露呈した」と指摘する。

    ■     ■

 「皆心を一にして奉るべし。これ最期の詞(ことば)なり」。頼朝の妻、北条政子の檄(げき)が御家人の動揺を静めた。「右大将(鎌倉幕府を開いた源頼朝)の恩は山よりも高く、海よりも深い。思い出せない者は、この場で申し出て、(敵である)京に味方するがよい」

続きを読む

「ニュース」のランキング