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【坂東武士の系譜・第2部プロローグ】「飛躍の時代」-那須野巻狩 幕府の権威誇示した軍事演習

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【坂東武士の系譜・第2部プロローグ】
「飛躍の時代」-那須野巻狩 幕府の権威誇示した軍事演習

那須野巻狩JR那須塩原駅前に展示されてる「巻狩鍋」大将鍋=栃木県那須塩原市大原間西 那須野巻狩JR那須塩原駅前に展示されてる「巻狩鍋」大将鍋=栃木県那須塩原市大原間西

 坂東武士の系譜・第2部「飛躍の時代」は、鎌倉幕府成立後、時代の主役に踊り出る坂東武士の活躍を追う。下野から西国に勢力を拡大した有力武家もいた。プロローグでは、鎌倉時代の主な出来事をみる。

 毎年10月、那須塩原市黒磯の那珂川河畔運動公園で開かれる「那須野巻狩(まきがり)まつり」は1193(建久4)年、鎌倉幕府を開いた源頼朝が那須野が原で大規模な狩りをした史実にちなんだイベントだ。勇壮な巻狩太鼓に、巻狩踊り、直径2・2メートルの大将鍋などを使って約9千食が振る舞われる巻狩鍋で大いに盛り上がる。

 800年以上前の巻き狩りも頼朝によるビッグイベントだった。軍事演習であり、鎌倉幕府の権威を天下に知らしめる政治ショー。大勢の勢子(せこ)が獲物を追い込み、武将たちが獲物を射る。兵の動員力を誇示する一方、鹿を射るか射損じるかは神の意思を問う宗教的な意味もあった。

 頼朝は前年、征夷大将軍となっており、1192年が鎌倉幕府成立の年と覚えた人も多いのではないか。「1192(イイクニ)つくろう鎌倉幕府」のゴロ合わせである。最近は、平家が滅亡した1185(文治元)年、頼朝が朝廷から守護・地頭の設置により軍事・警察権を公認された時点を鎌倉幕府の出発点とする説が教科書で紹介され、頼朝の東国支配権を公認した1183年の「寿永二年十月宣旨(せんじ)」も注目されている。

 いずれにしても1193年、頼朝は関東一円を巡検。信州境の上野・三原、那須野が原、富士山麓の順で巻き狩りを挙行。それぞれ関東外周部の絶対防衛ラインともいうべき地域だ。

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