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【高論卓説】忘れてはならない信託業務の根幹 薄利でも顧客本位で本業推進を

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【高論卓説】
忘れてはならない信託業務の根幹 薄利でも顧客本位で本業推進を

窓口でパンフレットを使って個人型確定拠出年金について説明するりそな銀行の行員=東京都内(永田岳彦撮影) 窓口でパンフレットを使って個人型確定拠出年金について説明するりそな銀行の行員=東京都内(永田岳彦撮影)

 しかし、かつて7行あった専業信託銀行は再編の波に洗われ、三井住友信託銀行、三菱UFJ信託銀行、みずほ信託銀行の3行社に集約された。かつ、3行の立ち位置はそれぞれ微妙に異なる。だが、信託に寄せる思いは共通している。いずれも信託が主業であることにかわりはない。

 「信託はもうかる商売ではない」。よく信託銀行の経営者が口にした言葉だ。信託業務は薄利多売であり、労多くして利の少ない信託報酬が収益の源泉だ。このため戦後の金融行政では、専業信託には信託業務と銀行業務を兼営させ、かつ不動産や証券代行など多様な業務を併営させることで経営の安定を図った。いずれも信託業務を大切に育てるためで、実際、その後、日本の商業信託は世界で最も発展した。

 だが、ともすれば信託はもうからないため、経営のインセンティブは収益性の高い銀行業務や併営業務に傾きがちとなる。バブル期では不動産業務と融資がセットで推進され傷を深めた。そして今、投資信託などの窓口販売で高い手数料を得るため、顧客の立場を顧みない回転売買に傾注する信託銀行があることは残念である。

 旧大蔵省は戦後すぐ「信託主業化」の方針を掲げ、それまで信託業務を兼営していた4都市銀行と地方銀行から信託業務を分離する行政指導を行った。中心的に動いたのは当時の銀行局長の高橋俊英氏。この当局の指導に対し、地方銀行や3都市銀行は応諾し信託部門を分離したが、唯一、これに反対したのが大和銀行(現りそな銀行)の寺尾威夫頭取だった。両者の対立は国会問題にまで発展したが、この時、寺尾氏が自ら執筆し、国会に提出したのが、信託兼営の論文であった。寺尾氏が最後まで引かなかったのは、「顧客のために信託を兼業する」の一点。そして、大和銀行は唯一、信託業務を兼業する都市銀行として残った。それは現在のりそな銀行にも継承されている。

 金融庁がいう「フィデューシャリー・デューティー」とはまさにこのことであろう。(森岡英樹)

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■もりおか・ひでき ジャーナリスト。早大卒。経済紙記者、米国のコンサルタント会社アドバイザー、埼玉県芸術文化振興財団常務理事を経て2004年に独立。58歳。福岡県出身。 

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