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【番頭の時代】第4部・永田町のキーマン(5)完 角栄から加藤まで…仕えた幹事長は22人 奥島貞雄・元自民党幹事長室長

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【番頭の時代】
第4部・永田町のキーマン(5)完 角栄から加藤まで…仕えた幹事長は22人 奥島貞雄・元自民党幹事長室長

 「私は熟慮の結果、総裁候補者として竹下登君をあてることに決定した…」

 昭和62年10月20日未明、東京・永田町の自民党本部総裁応接室。幹事長の竹下登は、首相(党総裁)の中曽根康弘がしたためた文書が代読されるのを、目を閉じてじっと聞いていた。

 いわゆる「中曽根裁定」が下された瞬間だった。ポスト中曽根に名乗りを上げた竹下、総務会長の安倍晋太郎、蔵相の宮沢喜一の3人の中から、中曽根が竹下を後継者に指名したのだ。

 次期首相となることが決まった竹下は、記念撮影を終えて幹事長室に戻ると、独り言のようにこうつぶやいた。「私はこれからどうしたらいいんだろう」

 幹事長室には、同室に長年務めていた古参の党職員で、「裁定」に立ち会っていた奥島貞雄がいた。奥島は“上司”である竹下の言葉を聞き逃さなかった。

 「夜中ですが、まずは中曽根さんにあいさつに行かれてはどうですか」。奥島がそう促すと、竹下はわれに返ったように「ああ、そうだね」とだけ答え、幹事長室を後にした。

 「いくら偉くなる人でも人間なんだな」。奥島は竹下の心境を推し量った。普段は冷静沈着な竹下も緊張の糸が切れたのだろう。一時的に放心状態になっていたようだ。奥島はそれを敏感に感じ取っていた。

 もっとも、竹下が隙を見せたのは、奥島に信頼を寄せていたからに違いない。だが、奥島はあくまで控えめだ。「私みたいな事務員になら恥じゃないと思って聞いてくれたんでしょう」と振り返る。

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