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【話の肖像画プレミアム】岸朝子(91)=食生活ジャーナリスト=「まずい」とは決して言わず…

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【話の肖像画プレミアム】
岸朝子(91)=食生活ジャーナリスト=「まずい」とは決して言わず…

(大西正純撮影)

 〈主婦の友社では料理の実用書の編集などに携わり、料理記者としての基礎を学んだ。当時は、家庭の主婦が職業を持つのはまだ珍しい時代だった

 そのころは、娘3人を育てていた上に、もう1人おなかに入っていたのです。妊娠7カ月でしたけど、不思議と入社試験に合格しました。主婦の経験を誌面に生かそうとしたのでしょう。自宅で料理の作り方を研究する仕事で、会社へは時々行けばいいのだろうと、勝手に思い込んでおりましたので、毎日、フルタイムで働くと知って驚いたものです。私が留守のときに、小学4年の長女が下の子供の面倒をみてくれたこともありました。

 主婦の友社には10年以上いました。30年代は戦後の食糧難がようやく解消し、人々がおいしいものを食べたくなった時代でした。ですから、仕事は忙しかったですね。読者がメニューの勉強をする会も、私が面倒をみていました。

 お酒を飲み始めたのは、主婦の友社にいた頃からです。おじさんたちに負けてはいられないと頑張って、お酒の席では一升瓶の半分ぐらい飲んでいました。お友達が大勢できて、ああでもない、こうでもないと楽しゅうございましたよ。

「栄養学の母」と「世界のカキ王」に学ぶ

 〈昭和30年から働いていた主婦の友社を43年に辞め、母校の女子栄養大学出版部が発行する月刊誌「栄養と料理」の編集長に就任した

 恩師の香川綾先生(1899~1997年)のお誘いで、母校に移りました。綾先生は、私が女学校卒業後に入学した女子栄養学園(後の女子栄養大学)の創設者です。ご自分で主婦の友社の社長に頼みに行かれて社長に掛け合い、私を引き抜かれたのです。綾先生は「食の大切さ」「料理を作ることの楽しさ」を教えてくださいました。尊敬する大好きな先生です。卒業してからも、ずっとお付き合いがありました。

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