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【戦後70年~昭和20年夏(1)】街が一瞬で消えた…紫電改操縦士が見た原爆の惨禍 トルーマンが突きつけたポツダム宣言の真意とは…

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【戦後70年~昭和20年夏(1)】
街が一瞬で消えた…紫電改操縦士が見た原爆の惨禍 トルーマンが突きつけたポツダム宣言の真意とは…

93式中間練習機の前に立つ練習生(後列中央が本田稔氏)

 昭和20年8月6日午前7時45分、22歳だった第343海軍航空隊(通称・剣部隊)少尉、本田稔=大津市在住=は、兵庫県姫路市の川西航空機(現新明和工業)で真新しい戦闘機「紫電改」を受け取り、海軍大村基地(長崎県大村市)に向けて飛び立った。

 高度5000メートル。抜けるような青空が広がり、眼下には広島市の街並み、そして国宝・広島城が見えた。

 その瞬間だった。猛烈な衝撃にドーンと突き上げられたかと思うと紫電改は吹き飛ばされた。操縦桿(かん)は全く利かない。必死に機体を立て直しながら地上を見て驚いた。

 「街がない!」

 広島の街が丸ごと消えていた。傾いた電柱が6本ほど見えるだけで後はすべて瓦礫(がれき)。炎も煙もなかった。

 やがて市中心部に真っ白な煙が上がり、その中心は赤黒く見えた。白い煙は猛烈な勢いで上昇し、巨大なきのこ雲になった。

 「弾薬庫か何かが大爆発したのか?」

 そう思った本田は大村基地に到着後、司令部に事実をありのまま報告したが、司令部も何が起きたのか、分からない状態だった。

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