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【安保改定の真実(3)】岸とアイクが示した日米新時代 「ゴルフは好きな相手としかできないものだ」

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【安保改定の真実(3)】
岸とアイクが示した日米新時代 「ゴルフは好きな相手としかできないものだ」

岸首相と会見するダグラス・マッカーサー2世駐日米大使=昭和32年3月、首相官邸

 「私が交渉した条約に何か問題でもあるのかね?」

 マッカーサーは「ダレスからも全く同じことを言われましたよ」と返答すると2人で大笑いになった。吉田も条約改定の必要性は十分理解していたのだ。

   × × ×

 この間、外務省はずっと蚊帳の外に置かれていた。

 外務省が「話し合いの切り出し方」をまとめたのは昭和33年5月になってからだ。しかも条約改定ではなく政府間の交換公文で処理する方針だった。

 昭和32年7月の内閣改造で外相に就任した藤山愛一郎にも岸は秘密を貫いた。

 藤山は、昭和33年5月の衆院選後に東京・渋谷の岸邸を訪ね「安保改定をやろうじゃありませんか」と持ちかけたところ、岸は「やろうじゃないか」と応諾したと回顧録に記している。岸とマッカーサーがすでに具体的な改定案まで検討していることを全く知らなかったのだ。

 岸が安保条約改定を政府内で明言したのは、昭和33年8月25日に東京・白金の外相公邸で開かれた岸-藤山-マッカーサーの公式会談だった。マッカーサーが、旧安保条約の問題点を改善するため、(1)補足的取り決め(2)条約改定-の2つの選択肢を示したところ、岸は即答した。

 「現行条約を根本的に改定することが望ましい」

 交換公文などによる「補足的取り決め」での改善が現実的だと考えていた外務省幹部は仰天した。

(敬称略)

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