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【安保改定の真実(3)】岸とアイクが示した日米新時代 「ゴルフは好きな相手としかできないものだ」

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【安保改定の真実(3)】
岸とアイクが示した日米新時代 「ゴルフは好きな相手としかできないものだ」

岸首相と会見するダグラス・マッカーサー2世駐日米大使=昭和32年3月、首相官邸

 ダレスは、昭和26(1951)年9月にサンフランシスコ講和条約と同時締結した旧安保条約を国務省顧問として手がけただけに条約改定に否定的だった。昭和30(1955)年に外相の重光葵が条約改定を求めた際は「日本にそんな力はあるのか」と一蹴している。だが、今回は苦笑いをしながらこう応じた。

 「これは一本取られた。確かに安保条約改定に取り組まねばならないが、政治家だけで話し合って決めるわけにはいかない。日米の委員会を設け、今の条約を変えずに日本の要望を入れられるか、改正しなければならないかを検討しよう」

 会談後の共同声明は、岸が唱える「日米新時代」が骨格となり「日米両国は確固たる基礎に立脚し、その関係は今後長期にわたり、自由世界を強化する上で重大な要素をなす」とうたった。安保条約に関しても「生じる問題を検討するための政府間の委員会を設置することで意見が一致した」と盛り込まれたが、会談で条約改定まで議論が及んだことは伏せられた。

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 岸-アイク会談がこれほど成功したのはなぜか。

 岸が、アイクのニュールック戦略に応えるべく、訪米直前の6月14日に第一次防衛力整備三カ年計画を決め、“手土産”にしたこともあるが、それ以上の立役者がいた。

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