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【世界最年長パイロット語る(上)】精神的な強さ、やはり予科練でぶん殴られて叩き込まれた

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【世界最年長パイロット語る(上)】
精神的な強さ、やはり予科練でぶん殴られて叩き込まれた

予科練に入隊したころの高橋淳さん=昭和16年、茨城県阿見町の土浦海軍航空隊

 鈴与の鈴木与平社長もグライダーで遊ぶために、自分で軽自動車を運転してここに来ますよ。普通だったら運転手が運転する車に乗ってくるでしょ。鈴与っていったら大会社だからね。僕は、彼が学生時代に藤沢の飛行場に来ていたときから知っています。そのときに教官をしていたから、与平社長は今でもここで会うと、ちゃんとお辞儀するよ。礼儀正しい男だからね。

 出身は東京。大森です。僕は4人兄弟の末っ子なんだけど。おやじは、僕が小学1、2年生ぐらいのときに若くして死んだんだけど、代々、医者なんですよ。昔、それこそ、90年ぐらい前に関東大震災があって。震災までは、うちの病院は溜池(東京都港区)に、東京の一等地にあったんです。関東大震災が僕が生まれたばかりのときにあったんで、昔は別荘地だった大森に移り住みました。

 飛行機乗りになろうと思ったのは、小学生のころから、模型の飛行機ばっかりで遊んでいて飛行機が大好きでした。今みたいにラジコンとかはないから、ゴムでプロペラを回す飛行機を作ったり、そういうのに熱中していましたから。だから、そのまんま、戦中、戦後と過ごしてきました。

 昭和16年、太平洋戦争が始まる直前に予科練(海軍飛行予科練習生)に入隊しました。戦争が始まる前に入ったんで、飛行機を海軍で4、5年やったら、海軍を辞めて民間に出ようというのが頭にあったんです。ところが戦争が始まったからそれどころじゃなくて、全部ぶっ飛んじゃったんですけど。軍服は僕はあんまり好きじゃないんです。プロの軍人になるつもりだったら最初から、海軍の兵学校を受けていますよ。純粋に飛行機が好きだからね。あまり、軍服にしばられるのは嫌だったんです。

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