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【日韓首脳会談】日韓、果てなき「最後の謝罪」 国民感情損ない、協力阻む悪循環 始まりは1992年宮沢氏訪韓

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【日韓首脳会談】
日韓、果てなき「最後の謝罪」 国民感情損ない、協力阻む悪循環 始まりは1992年宮沢氏訪韓

日韓関係の主な動き 日韓関係の主な動き

 日韓関係の歴史は、韓国側が歴史問題で「最後の謝罪」を要求し、日本政府がこれに応じても、さらなる要求を行うパターンが繰り返された。(杉本康士)=肩書は当時

                  

 日韓両国には、1965年に基本条約を締結して以降も常に火種があった。73年に韓国情報機関が民主化活動家の金大中(キム・デジュン)氏(後の大統領)を東京都内で拉致した。74年には在日韓国人青年が大阪府警から盗んだ拳銃で朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を銃撃し、日韓両国は激しい非難合戦を展開した。

 だが、厳しい東西対立を背景として、日本政府は69年に「韓国の安全は日本人にとって緊要」とする準同盟関係を確認し、これが対韓経済援助を後押しした。80年代には日本の歴史教科書の記述をめぐり韓国世論が反発したが、中曽根康弘首相は就任直後に訪韓し、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領と生涯変わらぬ友情を結んだ。

 日韓関係を激変させたのが92年の「事件」だった。92年1月に宮沢喜一首相が訪韓した直前、朝日新聞は慰安婦強制連行に軍が関与したと報道、「謝罪して補償すべきだ」と主張した。加藤紘一官房長官が記者会見で事実確認しないまま謝罪し、宮沢氏も韓国の盧泰愚(ノ・テウ)大統領との会談で公式に謝罪した。

 「実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、わが国の国民の反日感情を焚(た)きつけ、国民を憤激させてしまいました」

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