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たたき潰される「核武装論」 自由な発言阻むタブーの風潮

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たたき潰される「核武装論」 自由な発言阻むタブーの風潮

 これまでも核武装や非核三原則の見直しを求める議論はあったが、その都度「言葉狩り」の餌食となってきた。

 平成11年10月には、小渕恵三内閣の防衛政務次官だった西村真悟氏(旧自由党)が週刊誌で核武装について「国会で検討してはどうか」と発言し、辞任に追い込まれた。安倍晋三首相も官房副長官時代の14年5月に講演で「核兵器を保有することは憲法の禁ずるところではない」と述べただけで、野党や一部マスコミが問題視した。

 第1次安倍政権時代の18年10月には、自民党の中川昭一政調会長(当時)が「核保有の議論はあっていい」と発言すると、野党は首相に対して中川氏の更迭を求めた。当時の米国のブッシュ大統領も「中国の懸念を知っている」と過敏に反応し、急遽来日したライス国務長官が「核の傘」の提供を明言して日本の核保有を牽制した。

 ただ、核武装を論じることさえタブーとなったのは米ソ冷戦が終わってからのことだ。安倍首相の祖父、岸信介元首相は昭和32年5月、参院予算委員会で「核兵器と名前がつけば憲法違反かというと、憲法の解釈論としては正しくない」と答弁し、核兵器保有は合憲との認識を示している。

 42年12月に佐藤栄作元首相が非核三原則を表明し、45年2月には日本が核拡散防止条約(NPT)に署名したことで政策判断として核保有は否定された。しかし、自身も核武装論者だった中曽根康弘元首相は回顧録で、自民党ハト派の代表格・宏池会(現岸田派)の池田勇人元首相が核兵器保有が必要だと語ったことを明かしている。

 冷戦時代は米ソによる核戦争の可能性が現実味を帯び、こうした危機感が核武装を論じる余地を与えていた。だが、冷戦終結から30年近く経過した現在、国際的に孤立する北朝鮮が核開発を進め、国際秩序の見直しを図る中国は大量の核兵器を保有しているにもかかわらず、日本の核アレルギーは温存されたままだ。

 杏林大の田久保忠衛名誉教授は「日本の核武装を抑えてきた米国に変化の兆しがある。米国内で力の不足を同盟国に補ってもらおうという動きがあることが読み取れる」と指摘する。その上で「日本は自分たちがつくってしまったタブーに縛られているが、いま声を上げないのは核抑止を政治家が勉強していないことの証左だ」と述べ、核論議の活性化を促している。

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