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【北方領土 屈辱の交渉史(6)=完】父・晋太郎に見た命懸けの対ソ外交 安倍晋三首相は新たな日露時代を切り開けるか

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【北方領土 屈辱の交渉史(6)=完】
父・晋太郎に見た命懸けの対ソ外交 安倍晋三首相は新たな日露時代を切り開けるか

来日したソ連のゴルバチョフ大統領(右から2人目)と衆院議長公邸で面会する安倍晋太郎元外相(手前右)。安倍晋太郎氏の秘書だった安倍晋三首相(左端)と森喜朗元首相(右から3人目)が案内役を務めた=平成3年4月18日(安倍晋三事務所提供) 来日したソ連のゴルバチョフ大統領(右から2人目)と衆院議長公邸で面会する安倍晋太郎元外相(手前右)。安倍晋太郎氏の秘書だった安倍晋三首相(左端)と森喜朗元首相(右から3人目)が案内役を務めた=平成3年4月18日(安倍晋三事務所提供)

 平成10(1998)年4月の会談で、橋本は、択捉島とウルップ島の間に国境線を画定し、施政権は当面ロシアに委ねるという「川奈提案」を行い、ある程度の感触を得たが、橋本は同年の参院選敗北の責任を取り退陣。ロシアもウラジーミル・プーチンの時代に変わろうとしていた。

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 プーチンと友情を結んだのが、平成12(2000)年4月に首相に就任した森喜朗だった。

 森は翌13(2001)年3月、露イルクーツクを訪れ、プーチンとともにイルクーツク声明に署名した。日露が平和条約締結後に色丹島と歯舞群島を引き渡すことで合意した日ソ共同宣言を「交渉の出発点」と位置付け、法的有効性を文書で確認した。

 だが、森はこの1カ月後に退陣。日露交渉は小泉純一郎に引き継がれたが、本格的な領土交渉に至らなかった。2008(平成20)年に露大統領にドミートリー・メドベージェフが就くと領土問題は完全に後退してしまった。

 平成24(2012)年12月、首相に返り咲いた安倍晋三は、領土問題解決を「政治的使命」と公言。兄貴分の森の助力もあり、同じく大統領に返り咲いたプーチンとの友情を深めてきた。

 今年12月15日、自らの地元である山口県長門市の温泉旅館「大谷山荘」にプーチンを迎え、膝詰めの会談に臨む。果たして領土問題で揺さぶられた屈辱の日露交渉史に終止符を打ち、新たな時代を切り開くことができるのか-。

(敬称略)

=おわり

 この企画は峯匡孝が担当しました。

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