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【北方領土 屈辱の交渉史(6)=完】父・晋太郎に見た命懸けの対ソ外交 安倍晋三首相は新たな日露時代を切り開けるか

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【北方領土 屈辱の交渉史(6)=完】
父・晋太郎に見た命懸けの対ソ外交 安倍晋三首相は新たな日露時代を切り開けるか

来日したソ連のゴルバチョフ大統領(右から2人目)と衆院議長公邸で面会する安倍晋太郎元外相(手前右)。安倍晋太郎氏の秘書だった安倍晋三首相(左端)と森喜朗元首相(右から3人目)が案内役を務めた=平成3年4月18日(安倍晋三事務所提供) 来日したソ連のゴルバチョフ大統領(右から2人目)と衆院議長公邸で面会する安倍晋太郎元外相(手前右)。安倍晋太郎氏の秘書だった安倍晋三首相(左端)と森喜朗元首相(右から3人目)が案内役を務めた=平成3年4月18日(安倍晋三事務所提供)

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 長く閉ざされた対話の扉が再び開き始めたのは、昭和60(1985)年3月、ミハイル・ゴルバチョフが新たな指導者に就任してからだ。ゴルバチョフは「新思考外交」を掲げ、昭和61(1986)年1月には、グロムイコに代わってソ連外相となったエドアルド・シェワルナゼが来日し、笑顔を振りまいた。

 5月には、現首相、安倍晋三の父で外相の安倍晋太郎がモスクワを訪れた。ゴルバチョフは「日ソの接触が広がる傾向にあるのは好ましいことだ。日本を訪問する希望を持っている」と自らの訪日に意欲を示したが、領土問題には「日本は取り上げてはならない問題を取り上げようとしている」と冷ややかだった。

 平成元(1989)年5月、外相の宇野宗佑は訪ソの際、「拡大均衡論」を打ち出した。それまでの「政経不可分」を改め、経済関係の強化を先行させることにより、領土問題解決の糸口をつかもうと考えたのだ。シェワルナゼは日米安保条約が存続しても平和条約締結は可能だとの考えを示した。ソ連が公式に日米安保体制を容認したのはこれが初めてだった。

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