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【北方領土 屈辱の交渉史(5)】「抑留者の命には限りがある」 領土問題棚上げでも日ソ国交回復急いだ鳩山一郎

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【北方領土 屈辱の交渉史(5)】
「抑留者の命には限りがある」 領土問題棚上げでも日ソ国交回復急いだ鳩山一郎

北方領土・色丹島の斜古丹に設けられた、ソ連軍戦車の車体を使った第2次大戦を記念するモニュメント=10月20日(共同) 北方領土・色丹島の斜古丹に設けられた、ソ連軍戦車の車体を使った第2次大戦を記念するモニュメント=10月20日(共同)

 9月29日、松本は第1外務次官だったアンドレイ・グロムイコと会談し、継続交渉の確約を求める書簡を渡した。グロムイコは「両国間の正常な外交関係が再開された後、領土問題を含む平和条約締結に関する交渉を継続することに同意する」と書簡で返答した。

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 10月7日午後9時15分、鳩山は羽田空港を出発した。搭乗したのはスカンジナビア航空(SAS)のプロペラ機。モスクワまで6日間の長旅だった。

 病身の鳩山にとって訪ソは命がけだった。出発前、鳩山の妻、薫は、幼い孫の鳩山邦夫(元総務相、今年6月21日死去)に「おじいさまはお骨になって帰ってくるかもしれないから、よく見ておきなさいよ」と語りかけたという。

 12日、鳩山が降り立ったモスクワの空港は歓迎ムード一色だった。ブルガーニンがにこやかに出迎え、君が代が演奏された。

 正式な会談は10月15日に始まった。まず河野がソ連共産党第1書記、ニキータ・フルシチョフと協議した上で、鳩山はブルガーニンと交渉を仕上げる方針だった。

 だが、鳩山が交渉方針を一部変更せざるを得なかった。出発直前に自民党が「歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島を即時返還し、択捉島と国後島は日本の主権が回復されるよう引き続き協議する」と党議決定したからだった。

 翌16日、河野が、共同宣言に歯舞、色丹の返還を盛り込み、択捉、国後の継続協議を明記するよう求めたところ、フルシチョフは激怒した。

 「約束が違うじゃないか。領土問題に触れないということではなかったのか。北方四島を返せと言うが、米国はまだ沖縄を返していないではないか!」。

 河野も引き下がるわけにはいかない。翌17日には、歯舞、色丹を即時返還し、択捉、国後は継続交渉とすることを条文化した日本政府案を提示した。フルシチョフは「色丹、歯舞を引き渡すことには同意しているが、その時期は平和条約が締結され、かつ米国が沖縄を返還したときだ」と応じた。

 実はこの回答は「領土問題を継続交渉にする」という鳩山の当初方針と合致する内容だった。鳩山はこう考えた。

 「歯舞、色丹の返還時期を平和条約発効の時とするのは致し方ない。『米国が沖縄を返還したとき』という文言さえ削れば、これで結構じゃないか」

 18日の会談でフルシチョフは「沖縄返還後」を削除することに同意したが、「領土問題を含む平和条約の締結交渉を継続する」という一文から「領土問題を含む」を削るよう強硬に求めた。択捉、国後の継続交渉を認めることになるからだ。結局、河野はこの要求をのまざるを得なかった。

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