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【iRONNA発】沖縄二紙の偏向報道と世論操作を憂う

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【iRONNA発】
沖縄二紙の偏向報道と世論操作を憂う

沖縄県名護市辺野古地区の米軍普天間基地移設予定地・大浦湾には、ボーリング調査を行う台船が浮かんでいる。奥の陸地は米軍キャンプ・シュワブの敷地=6月22日午後、沖縄県名護市(川口良介撮影)

 やはり元沖教組の関係者だが、彼はこう指摘する。

「沖教組は闘争の主導的役割を果たしているだけでなくて、地元メディアと協力し合って世論誘導にもかかわっている。沖縄を闘争場所に利用しているだけだ。原点にあるのは戦後教育の歪みだ」

 戦争を経験していない県民や復帰後に生まれた若者の間では、被害者意識が薄れつつある。だが、沖教組や地元メディアにとって、それは薄れては困るのである。だから、悲惨な地上戦を経験した県民の心の奥底に潜む被害者意識を煽って大日本帝国の被害者なんだ、そしていまも米軍基地を押しつけられて被害者の立場は続いているのだ、だから日本に屈してはいけない……と反日・反米闘争に利用しているのである。

 沖縄在任中、何度となく、「沖縄に謝罪しろ」という言葉を耳にした。今回の騒動でも、「沖縄に謝れ」といった言葉が飛び交った。根底に日本本土vs沖縄という創られた構図があるからで、どことなく韓国の対日感情と似ている。同じ日本国民でありながら、沖縄と本土の間には大きな壁があり、一つの国家として意識を共有できないでいるのではないか--と感じる。だから二紙が必要とされ、読まれるのだ。

「対策」ではなく「政策」を

 ではこれに対して、日本本土の長年にわたる沖縄観はどうだろう。

 「沖縄は大変だなあとか、可哀相だなあとか、同情の声はよく耳にするが、具体的にどうしようという声は一切出てこない」と知事経験者がぼやいたことがあるが、たしかに本土に住む日本人は、どこまで「沖縄は同じ日本だ」という立場に立って沖縄を見ているのだろうか、と疑問に思うことがある。

 私事だが、先日、沖縄地上戦で壮絶な戦いを展開した護郷隊を描いた本、『少年兵はなぜ故郷に火を放ったのか--沖縄護郷隊の戦い』(KADOKAWA)を出版した。ところが、ほとんどの日本人はこの護郷隊の存在すら知らなかった。沖縄を知り尽くしているような発言をする本土の日本人(私も含めて)は実のところ、それほど知らないのではないか。知らないから、メディアにいいように翻弄されているのではないかと思う。

 シンガーソングライターの佐渡山豊さんが作詞・作曲した楽曲に、『ドゥチュイムニー』(ひとり言)という作品がある。

 「唐ぬ世から大和ぬ世/大和ぬ世から/アメリカ世/アメリカ世から/また大和ぬ世/ひるまさ変わゆる くぬ沖縄」

 中国から日本へ、そしてアメリカからまた日本へ--と支配者はどんどん変わったが、自分たち市民は何も変わらない、変わるのは統治者ばかり--。

 沖縄の歴史は複雑だ。この詩は、大国に翻弄され続けてきた沖縄の歴史を端的に表している。

 そうした歴史を持つ沖縄に対して、戦後70年、復帰して43年という歳月のなかで、日本政府は経済振興に終始する沖縄対策は講じたが、はたして沖縄政策が講じられてきたのだろうか。実は、それを欠いたがゆえに、教育現場と沖縄メディアの“暴走”を許してしまったのではないか。

 沖縄メディアがいとも安易に、かつ当然のように偏向報道を続けるが、一面、日本に「沖縄は日本のものではなく、日本である」という認識のもと、沖縄政策の有り様を改めて問いかけている気がする。(産経新聞編集委員 宮本雅史)

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