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【再訪】春はすぐそこに #3 鴫原武夫さん 東日本大震災7年

東日本大震災

【再訪】春はすぐそこに #3 鴫原武夫さん 東日本大震災7年

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福島第1原発事故後、生乳の出荷停止になり、毎日600キロリットルを畑に捨てていた福島県二本松市の鴫原武夫さん。後ろの乳牛は震災の年に生まれた=2月22日、福島県二本松市(植村光貴撮影) 福島第1原発事故後、生乳の出荷停止になり、毎日600キロリットルを畑に捨てていた福島県二本松市の鴫原武夫さん。後ろの乳牛は震災の年に生まれた=2月22日、福島県二本松市(植村光貴撮影)
原発から43キロ地点で酪農を営む鴫原武夫さん=2011年4月6日、福島県二本松市(大山文兄撮影)
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原発から43キロ地点で酪農を営む鴫原武夫さん=2011年4月6日、福島県二本松市(大山文兄撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 「牛歩のごとく一歩ずつ進もう」。福島県二本松市で酪農を営む鴫原武夫さん(66)の牛舎は福島第1原発から43キロの場所にある。原発事故後1カ月半の間、生乳は出荷停止となり、毎日600キロリットルを泣く泣く畑に捨てながらも歯を食いしばって飼育を続けた。一昨年末に体調を崩し、牛の頭数を減らしたが、震災の年に生まれた乳牛が今、“稼ぎ頭”になっている。

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