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【白洲信哉 旅と美 24】日本文化創った春の風物詩(石割桜)

伝統・文化

【白洲信哉 旅と美 24】日本文化創った春の風物詩(石割桜)

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巨大な花崗(かこう)岩の割れ目から成長した樹齢350~400年という石割桜(エドヒガンザクラ)。盛岡地方裁判所入り口にあり、1923(大正12)年に国の天然記念物に指定され、例年の見頃は4月中旬からである =昨年4月26日、岩手県盛岡市 (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F10 1/60sec ISO 3200) 巨大な花崗(かこう)岩の割れ目から成長した樹齢350~400年という石割桜(エドヒガンザクラ)。盛岡地方裁判所入り口にあり、1923(大正12)年に国の天然記念物に指定され、例年の見頃は4月中旬からである =昨年4月26日、岩手県盛岡市 (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F10 1/60sec ISO 3200)
もともと花見は個人によるものではなく、田の神を迎える為の集団行事饗応(もてなし)でした。「酒や団子より花」という花見が本来だ (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F11 1/200sec ISO 400)
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もともと花見は個人によるものではなく、田の神を迎える為の集団行事饗応(もてなし)でした。「酒や団子より花」という花見が本来だ (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F11 1/200sec ISO 400)フルスクリーンで見る 閉じる

 「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ」。平安貴族は「花見」を創出し、「朝桜、夕桜、夜桜、月夜桜、花曇り…」、艶っぽい言葉を生み、屏風(びょうぶ)に、漆芸などの題材となり、「花見」が習慣までに昇華する。桜がなかったら日本の文化はどうなっていただろうか。西行は吉野へ通わなかっただろうし、無常やはかなさ、なんて言葉も生まれなかったかもしれないが、わが家もご多分に漏れず「桜狂い」の家系のようだ。

北上川中流域の桜の名称「展勝地」。約1万本もの桜があると言われ、北上川にそって約2キロも、桜のトンネルと化す (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F11 1/125sec ISO 400)
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北上川中流域の桜の名称「展勝地」。約1万本もの桜があると言われ、北上川にそって約2キロも、桜のトンネルと化す (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F11 1/125sec ISO 400)フルスクリーンで見る 閉じる

 祖父の小林秀雄は、梅が散ると、原稿も手につかず、60を過ぎた頃から毎年桜見物に出かけていった。昨今のように居ながらにして開花状況が把握できないので、同じ場所に何度も足を運ぶこともあった。この石割桜もその一つで、僕が中学の頃だったか、「今年は2分咲きで駄目だったから、来年こそは」と言って、翌年再訪し、日に7度見て満喫したという。僕は情報を仕入れ、雨模様ではあったが、ピタリ老木の散り際に間に合った。が、便利というのは不幸なことなのかもしれないとちょっぴり思った。

桜に限らず、植物が花を咲かせるのは子孫を残すためである。が、ソメイヨシノに代表される改良品種の中には、花をつけても実を結ばないものもある (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F14 1/200sec ISO 100)
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桜に限らず、植物が花を咲かせるのは子孫を残すためである。が、ソメイヨシノに代表される改良品種の中には、花をつけても実を結ばないものもある (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F14 1/200sec ISO 100)フルスクリーンで見る 閉じる
北上川の桜は、大正七年から植え始めたと言われ、「みちのく三大桜名所」と言われるだけあり、奥羽山脈の残雪も見渡せる (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F11 1/125sec ISO 400)
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北上川の桜は、大正七年から植え始めたと言われ、「みちのく三大桜名所」と言われるだけあり、奥羽山脈の残雪も見渡せる (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F11 1/125sec ISO 400)フルスクリーンで見る 閉じる
平安時代に「花合わせ」という宮廷の遊びが行われていた頃山桜くらいしかなかったが、その後の改良により現在は300種にものぼる。南部藩の居城だった盛岡城公園には約200本の桜が咲き乱れる (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F14 1/200sec ISO 200)
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平安時代に「花合わせ」という宮廷の遊びが行われていた頃山桜くらいしかなかったが、その後の改良により現在は300種にものぼる。南部藩の居城だった盛岡城公園には約200本の桜が咲き乱れる (PENTAX K-1、HD PENTAX-D FA28-105ミリ、F14 1/200sec ISO 200)フルスクリーンで見る 閉じる
白洲信哉(しらす・しんや) 白洲信哉(しらす・しんや)  文筆家。昭和40年生まれ、東京都出身。日本文化の普及に努め、展覧会など文化イベントの制作にも携わる。 

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