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長屋に明かり、若者集う 大阪で“なが~”く暮らす

遺跡・建造物

長屋に明かり、若者集う 大阪で“なが~”く暮らす

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改修で生まれ変わった「須栄広長屋」の居間。食事時には入居する若者が集い、長屋は活気に包まれる =大阪市生野区(永田直也撮影) 改修で生まれ変わった「須栄広長屋」の居間。食事時には入居する若者が集い、長屋は活気に包まれる =大阪市生野区(永田直也撮影)
4軒長屋の「桃ヶ池長屋」は、飲食店や洋裁店などが並び、寒い夜も暖かな明かりに包まれる =大阪市阿倍野区
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4軒長屋の「桃ヶ池長屋」は、飲食店や洋裁店などが並び、寒い夜も暖かな明かりに包まれる =大阪市阿倍野区フルスクリーンで見る 閉じる

 「長屋」。どこか懐かしさを感じる響きに、昭和の面影を感じる人も多いだろう。

 大阪が日本最大の人口を誇った大正後期の「大大阪(だいおおさか)時代」。長屋が全盛期を迎えたのもこの頃だ。昭和15年には大阪市の住宅の9割近くが長屋だったというデータも残る。

手織りのワークショップが行われる「SAORI豊崎」。壁一面に色とりどりの糸が並ぶ =大阪市北区(永田直也撮影)
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手織りのワークショップが行われる「SAORI豊崎」。壁一面に色とりどりの糸が並ぶ =大阪市北区(永田直也撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 しかし、昭和63年に約18万戸を数えた長屋も、平成25年には約4万戸まで減少する。そんな中、長屋を残すべくして始められたイベントが「オープンナガヤ大阪」だ。

 改修で生まれ変わった開放感あふれる住居や、手織りのワークショップなどを公開、現代にマッチした長屋を楽しめる。

中華料理店に生まれ変わった「寺西長屋」。和のスペースと中華の赤がマッチする =大阪市阿倍野区(永田直也撮影)
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中華料理店に生まれ変わった「寺西長屋」。和のスペースと中華の赤がマッチする =大阪市阿倍野区(永田直也撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 主催の大阪市立大学大学院の藤田忍教授(64)は、「イベントを通して人を結びつけ、長屋の活用を進めたい。再生した長屋が街の魅力になっていければ」と話す。

 平成23年に始まった「オープンナガヤ大阪」は、規模を拡大しながら毎年開催され、今年で7回目。今回は大阪市と東大阪市の計41カ所で「長屋開き」や「長屋ツアー」を実施、約3000人が参加する盛況ぶりだ。

桃ヶ池長屋の一角にある「連建築舎・はこべら」。建築事務所兼やさい料理店に暖かい光が差し込んだ =大阪市阿倍野区(永田直也撮影)
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桃ヶ池長屋の一角にある「連建築舎・はこべら」。建築事務所兼やさい料理店に暖かい光が差し込んだ =大阪市阿倍野区(永田直也撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 イベントで再生した長屋のひとつが生野区の「須栄広(すえひろ)長屋」。オーナー須谷雅子さんは「このようになるとは想像できなかった」と笑顔を見せる。

 昭和8年築で、2階建て住居が4軒連なる「4軒長屋」と呼ばれる様式。1階と2階にそれぞれ6畳の部屋があり小さいながらもトイレや台所もあった。

住居兼建築事務所として改修された「ヨシナガヤ」 =大阪市平野区(永田直也撮影)
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住居兼建築事務所として改修された「ヨシナガヤ」 =大阪市平野区(永田直也撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 長らく借家として使われていたが、平成に入った頃には老朽化が進み、ほぼ空き家に。階段や壁もぼろぼろで、ネズミが走り回るなど、取り壊し寸前になっていた。

 そんな時、須谷さんが参加したのが「長屋開き」のイベント。再生を遂げた長屋に出合ったのがきっかけで改修を決意した。

「ロ」の字型の耐震リブフレームが特徴的な豊崎風東長屋 =大阪市北区(永田直也撮影)
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「ロ」の字型の耐震リブフレームが特徴的な豊崎風東長屋 =大阪市北区(永田直也撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 大阪市大の学生と協力して、重厚さとオシャレな雰囲気を併せ持つスペースに生まれ変わった須栄広長屋。現在は20代の若者6人が入居し、活気にあふれる。

 消えゆく存在から街を彩る存在へ…。長屋はこれからも末“なが~”く大阪人の暮らしとともに生き続ける。(写真報道局 永田直也)

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