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賛否分かつ巨大な壁 海岸に横たわる防潮堤

東日本大震災

賛否分かつ巨大な壁 海岸に横たわる防潮堤

更新 sty1711200002
国道沿いにそびえる防潮堤。賛否をめぐり議論が続く =3日、岩手県山田町(桐原正道撮影) 国道沿いにそびえる防潮堤。賛否をめぐり議論が続く =3日、岩手県山田町(桐原正道撮影)
国道沿いにそびえる防潮堤 =岩手県山田町(桐原正道撮影)
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国道沿いにそびえる防潮堤 =岩手県山田町(桐原正道撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 海辺に立つ宿の窓からおかみの岩崎昭子さん(61)が海をのぞく。

 岩手県釜石市の根浜海岸。白砂の浜と松林で知られる。

 視界の一部をコンクリートの壁が遮る。東日本大震災の復興工事で高さ5メートルの防潮堤が築かれた。

人家と海とを隔てる防潮堤 =岩手県山田町(桐原正道撮影)
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 震災で津波を受け、1階が水没した。

 地区住民が高台移転に踏み切る中、現地再建の道を選んだ。海の幸と水平線から昇る日の出を売りにした宿だ。海から遠ざかる選択はなかった。

 海の近くに残るということは防潮堤を受け入れることを意味する。

コンクリートの壁がそびえる宮古市女遊戸地区の防潮堤 =岩手県宮古市(桐原正道撮影)
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 震災から7年に迫る今も巨大防潮堤を巡る議論がくすぶる。

 395キロ。岩手、宮城、福島の被災3県の防潮堤の総延長だ。高さは最大15.5メートル。ビルの4階に匹敵する。数十年から百数十年に1度の津波に耐える規格で建造された。

漁港と集落とを隔てる防潮堤 =岩手県大船渡市(桐原正道撮影)
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 「圧迫感がある」

 「景観を損ねる」

 「海と遮断される」

 賛否の応酬は否定的な声が優勢に見える。被災地を離れるほど反対意見が台頭する印象を抱く。

 行政が住民合意を取るのに丁寧さを欠いて賛成派と反対派の対立を招いたり、公共事業の利権構造がむき出しになったりし、負のイメージが増幅された。

良かったのか悪かったのか

 「奥尻と同じ轍(てつ)を踏むな」

 反対派が合言葉にする。

漁港で建設の進む防潮堤 =岩手県山田町(桐原正道撮影)
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 平成5年の北海道南西沖地震で津波に遭い、198人が命を落とした。

 町は復興事業で全長14キロ、高さ10メートル級の防潮堤で島を取り囲んだ。

 そのせいで景観が台無しになって観光客の足が遠のき、海の生態系も乱れて主力産業の漁業が衰退したとささやかれている。

震災前の防潮堤の上に新たに作られた防潮堤 =岩手県大船渡市(桐原正道撮影)
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震災前の防潮堤の上に新たに作られた防潮堤 =岩手県大船渡市(桐原正道撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 28年度の観光客は2万7千人。地震前年の半分に落ち込んだ。環境変化の影響を受けやすいといわれるアワビの漁獲高も8分の1に低落している。人口も4700から2750に減少。地域の陰りを示す数字には事欠かない。

 だが、防潮堤が島の弱体化を招いたかどうかの因果関係ははっきりしない。

コンクリートの壁がそびえる宮古市女遊戸地区の防潮堤 =岩手県宮古市(桐原正道撮影)
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 「観光客の減少も漁業不振も人口減も地震前から顕在化していた」

 島民の多くは、島が細ったのは複合的な理由で防潮堤だけをスケープゴートにするのは見誤っていると語る。

 北海道の同じ離島で人口規模も近い礼文島も似た傾向で人口と観光客を減らしている。島の衰えは防潮堤の有無にかかわらず、地域の共通課題である実態を裏付ける。

判断の正否は歴史が裁く

 岩手県の旧田老町(宮古市)に「万里の長城」の異名を持つ防潮堤がある。

 全長2.4キロ。高さ10メートル。X字の二重構造を持つ。

 昭和8年の昭和三陸津波で911人の死者を出し、44年かけて建設された。

 東日本大震災の津波は堤体を乗り越え、全体の5分の1が破壊された。

海を囲むようにそびえる防潮堤 =岩手県山田町(桐原正道撮影)
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 人工の構造物は自然の猛威の前にひとたまりもなく、人間は自然に対してもっと謙虚であるべきだ。

 巨大防潮堤は自然を征服したと思い上がった人間をたしなめる文脈で語られる。

 しかし、防潮堤が役立たずだったかと言えばそうではない。

海を囲むようにそびえる防潮堤 =岩手県山田町(桐原正道撮影)
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 津波を一時的にせき止め、進行を遅らせた。避難の時間稼ぎができて難を逃れた人は少なくない。

 町の犠牲者は181人。隣接市町村より少ない。昭和三陸津波の時と比べても5分の1に減っている。

震災前の防潮堤の上に新たに作られた防潮堤 =岩手県大船渡市(桐原正道撮影)
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 人を死なせないこと。

 防災の最大の目的だ。

 景観も被災地の活性化も大事。生き延びた人を立ち直らせることも。ただ、これらは最優先ではない。

コンクリートの壁がそびえる宮古市女遊戸地区の防潮堤=岩手県宮古市(桐原正道撮影)
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 防潮堤の適否は次世代の人を犠牲にしないことに有益かどうかで判断されるべきだ。

 防潮堤は人命を守ることに一定の効果がある。

 景観や地域活性化を理由にした反対論も傾聴に値するけれども、1番手ではない。命には命で対抗しないと釣り合わない。

コンクリートの壁がそびえる宮古市女遊戸地区の防潮堤 =岩手県宮古市(桐原正道撮影)
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 巨大防潮堤を造ることによって住民に依存心が芽生え、危機意識が薄まってかえって死の危険性が高まるというのなら、対等の議論として成立する。

 岩崎さんは防潮堤に目をやる。

コンクリートの壁がそびえる宮古市女遊戸地区の防潮堤 =岩手県宮古市(桐原正道撮影)
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 災害対策基本法は「行政は災害から国民の生命、身体、財産を保護しなければならない」と定める。5千人を超す死者を生んだ昭和34年の伊勢湾台風の惨劇が行政の責務を明確にした。

 目の前のコンクリートの塊が住民意思を置き去りにした役所の独断専行の産物だとは思いたくない。曲がりなりにも住民との合作なのだ。

コンクリートの壁がそびえる宮古市女遊戸地区の防潮堤 =岩手県宮古市(桐原正道撮影)
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 東日本大震災の被災地は巨大防潮堤と共に歩む運命を選んだ。

 その判断の正否は歴史に裁かれる。

 千年に1度の天災が再び起き、将来世代の命を守れなかったら。

 「われわれの先祖は愚かだった」と言われるのだろう。

 あの世で批判を受ける覚悟はできている。(文・東北特派員 伊藤寿行)

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