産経フォト

日露戦争の軍事郵便44通 激戦地・旅順「砲台占領」

鉄道

日露戦争の軍事郵便44通 激戦地・旅順「砲台占領」

更新 sty1710200004
見つかった日露戦争の軍事郵便 見つかった日露戦争の軍事郵便
「砲台占領」などと記された日露戦争の軍事郵便
画像を拡大する
「砲台占領」などと記された日露戦争の軍事郵便フルスクリーンで見る 閉じる

 日露戦争(1904~05年)の激戦地・旅順(中国)で兵士が「砲台占領」などと記した軍事郵便44通が20日までに見つかった。差出人は乃木希典大将が率いる第3軍の第11師団歩兵第22連隊(松山市)の兵士が多く、郵政博物館資料センター(千葉県市川市)の田原啓祐主任資料研究員は「旅順の東鶏冠山の要塞を攻略した直後に出された手紙もある。接近戦となった戦況を鮮明に伝える資料」と評価している。
 調査した地域史研究家の大成経凡さんによると、差出人は約20人。宛先は愛媛県今治市の実業家八木亀三郎で、八木は地元の出征軍人の慰問やその家族を支援する団体の会長だった。
 田窪貞吉という兵士は1904年3月18日付の手紙で「3月7日、銃撃戦で左側脇の下から背部に(銃弾が)貫通」し入院した経緯を書いていた。翌05年1月1日に旅順のロシア軍が降伏。田窪は同9日付の手紙で「ご承知の通り東鶏冠山及び各砲台占領致し二日午後五時ごろ旅順方面各砲台に白旗を立」「旅順も陥落致し」などとつづっていた。

スゴい!もっと見る

瞬間ランキングもっと見る

話題のランキング