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我が家はイノシシに荒らされた 帰る望み捨てていないが… 福島・浪江町

東日本大震災

我が家はイノシシに荒らされた 帰る望み捨てていないが… 福島・浪江町

更新 sty1709230002
一時帰宅した武藤晴男さん。イノシシに荒らされた室内の惨状を目の当たりにし、途方に暮れる=13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影) 一時帰宅した武藤晴男さん。イノシシに荒らされた室内の惨状を目の当たりにし、途方に暮れる=13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りにより天井が抜けてしまった =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りにより天井が抜けてしまった =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 湯沸かしポットが床に倒れている。炊飯器も。食器のラックも。家中の家財道具が散乱し、足の踏み場がない。

 冷蔵庫の扉が半開きになっている。中は空っぽだ。

 障子は横倒し。こたつは脚が折れている。

 イノシシの仕業だ。

 勝手口のガラスを破って入り込んだ。長い間留守にしているのをいいことに好き放題荒らされた。

 福島県浪江町津島地区。東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域に指定されている。

 武藤晴男さん(60)は一時帰宅した。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。長い年月が過ぎ雑草で覆われた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。長い年月が過ぎ雑草で覆われた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 畳が黒ずんでいる。歩くとめりこむ。雨漏りで腐った。

 異臭が鼻につく。かび? 獣のふん? 多分両方だ。

 素足では歩けない。スリッパでも。我が家に土足で上がる不条理を味わう。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。動物に侵入され、引き戸のガラスも割れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。動物に侵入され、引き戸のガラスも割れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 居間にカレンダーが下がっている。平成23年3月からめくられていない。カレンダーが日を刻むのをやめた年月は避難生活の長さに一致する。

 帰還困難区域は3区分の避難区域の中で最も放射線量が高く、今も避難指示が解けない。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りと動物の侵入により家の中は荒れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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 福島県郡山市に避難している。3年前、新しい住まいを構えた。

 帰りたい望みは捨てていない。だが、避難解除の見通しは立たず、帰還の選択肢は事実上封じられている。

東日本大震災から6年半が過ぎても帰還困難区域の浪江町島津地区では放射線量が高い線量を示す =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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東日本大震災から6年半が過ぎても帰還困難区域の浪江町島津地区では放射線量が高い線量を示す =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 ご近所への引っ越しあいさつで「浪江から来た」と言えなかった。

 原発事故避難者は冷ややかな目で見られている。

 「賠償金で建てたんだろ?」

 「焼け太りだな」

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。「七転八起」という短冊が目に止まった =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。「七転八起」という短冊が目に止まった =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 手厚い賠償金が支払われ、周囲のねたみを生んだ。

 中にはまとまった現金が手に入って勘違いし、仕事もせずにパチンコにふける避難者もいて、「それ見たことか」とやっかみを助長した。

 自然災害は人を結束させるが、原子力災害は分断を招いた。原発事故で暮らしが破壊され、家を追われた苦悩を訴えても、色眼鏡を取り除くことは難しい。

■ ■

 政府は放射線量の低い地域を優先して段階的に避難指示を解き、住民の帰還を促している。浪江町も3月、一部地域が解除された。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りと動物の侵入により家の中は荒れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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 362人。

 現時点の帰還者だ。対象者の40分の1に満たない。生活拠点を町外にも置く二重生活者や町に住民登録した復興作業員も含まれ、純粋な帰還者はもっと少ない。

 町は帰還者の受け皿として災害公営住宅と小中学校の整備を進めている。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りと動物の侵入により家の中は荒れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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 集合住宅型の災害公営住宅の入居希望者は40戸。募集の半分にとどまる。

 進学を望む世帯は11世帯にすぎない。学校の名は「なみえ創成小中学校」。未来志向の呼び名も張り合いをなくしている。

 原発事故から6年半。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りと動物の侵入により家の中は荒れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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 避難生活が長過ぎた。子供は避難先の学校生活が定着し、親も向こうで働き口を見つけた。仮の暮らしが真の生活になるのに十分な月日がたっていた。

 避難先は市部が多い。総合病院。ショッピングモール。塾。カラオケ。田舎では味わえない生活環境が整う。

 浪江町の商業施設は仮設商店街にとどまる。医療機関も診療所が1軒あるだけだ。

 一度都市生活の快適さを知ったら、不便な田舎暮らしには戻りにくい。

■ ■

 浪江町はひっそりとしている。夜は人通りが完全に途絶える。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。雨漏りと動物の侵入により家の中は荒れていた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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 店のシャッターは閉ざされている。街灯も足元を照らす相手の通行人がいなくて拍子抜けしている。

 仮設商店街は午後7時を回ると人けをなくす。無人の空間に不釣り合いの軽快なジャズのBGMが商店街の屋外スピーカーから流れていた。

 JR浪江駅から明かりが漏れる。震災で不通だった常磐線が部分開通し、4月に運行を再開した。

 午後9時4分。

 上り最終電車がホームに滑り込んだ。客車に人影はない。折り返し運転の下り最終も運転士と車掌以外は空気だけを乗せて出発した。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区の民家。長い年月が過ぎ雑草で覆われた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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 帰還困難区域の家屋の荒廃は珍しいことではない。

 住民の1人が一時帰宅した。中から物音がするのでのぞいたら、茶の間で母イノシシがお産していたそうだ。

 家を荒れ果てさせる張本人は獣に限らない。

 〈泥棒さん、もう盗む物はないから入っても無駄ですよ〉

帰還困難区域にある福島県立浪江高等学校津島校。グラウンドは様々な植物に覆われた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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帰還困難区域にある福島県立浪江高等学校津島校。グラウンドは様々な植物に覆われた =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 ある家の玄関に張り紙がしてあった。

 武藤さんは避難したての頃は避難先から家に通ってまめに掃除していた。

 ある時、室内が一変した惨状を目の当たりにする。イノシシのせいだとすぐにのみ込めた。

帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区(右)と避難指示が解除された葛尾村(左)の町村境 =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)
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帰還困難区域に指定されている浪江町津島地区(右)と避難指示が解除された葛尾村(左)の町村境 =13日、福島県浪江町津島地区(桐山弘太撮影)フルスクリーンで見る 閉じる

 気がなえるのをこらえて後片付けをした。

 その努力は次に来た時、台無しになっていた。再び侵入し、部屋の中を縦横無尽に走り回った「犯人」の足跡が畳に残っていた。

 気持ちが切れ、それからはなるがままに任せた。家の汚れは加速度的に進む。

 妻(59)を車で連れて一時帰宅したことがある。

 妻にとっても嫁いで30年間過ごした場所だ。

 「つらくて見られない」

 妻は車から降りなかった。(文・東北特派員 伊藤寿行)

■関連【東日本大震災パノラマ】Vol.477 帰る望み捨てていないが… 浪江町

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